ライター歴43年のベテラン、オバ記者こと野原広子(65歳)が、介護を経験して感じたリアルな日々を綴る「介護のリアル」。昨年、茨城の実家で母親を介護し、最終的には病院で看取った。「毒親だった」という母親を介護したオバ記者が思い出したのは、ある父と娘のことでした。今回は“毒親介護”のルポをお届けします。
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前妻を「最低の女」と言ったYさん
毒親の介護というと、10年前に亡くなったYさんを思い出すの。Yさんは昭和初期の生まれのおじさんで、新宿で小さな会社を経営していてね。その会社でアルバイトをした縁でときどき遊びに行って喫茶店でお茶をご馳走になっていたの。
お茶だけでなぜノコノコ待ち合わせの喫茶店に出かけていったかというと、Yさんの話が圧倒的に面白かったから。
田舎の無教養な親から、「テメェなんか、生かすも殺すもどうにだってできたんだ」なんて怒鳴られ、あげく「中卒で働け」と迫られた私にとって都会人のYさんの話は夢の紙芝居。戦中の苦労話ですら甘味に聞こえたのよね。母親と同世代なのに有名私立大卒だとここまで違うかと、20代初めだった私は会うたび感心したり、感動したりして時間を忘れたの。
ところがだんだんYさんも私に気を許してきたのね。離婚した前妻の話になると、それまでのジェントルな顔が急変して、「あんな最低な女はどこにもいません」だの、「金の亡者」だの、口汚く罵り出すようになったんだわ。
前妻は長女のA子さんを置いて家を出たというし、Yさんの子育ての苦労を聞いたりするとYさんに同情したわよ。で、再婚した妻は料理上手でその妻の間に生まれた次女のB子さんは気は優しくて力持ち。「面白い子なんですよ」と目を細めるの。
娘を仲間の前で殴りつけた
そのYさんがある時、高校生だったA子さんには手を焼いたという思い出話で、とんでもないことを言い出した。高校生の娘は遊び仲間が迎えに来ると夜中にこっそり家から出て行って朝まで帰らない。それに気づいたYさんは、ある晩、家から出ていこうとするところを捕まえて、仲間の前でA子さんを殴りつけたんだって。
「真の友だちならA子を助けるはずじゃないですか。なのに黙って見ている。もう一発殴る。助けるどころか誰も声をあげない。じゃあ、これならどうだとA子を拳で思いっきり殴りつけたら友だちと称するガキたちは走って逃げましたよ。あんたらの友情はこの程度かと怒鳴りつけてやりました」
私はYさんに「そこまでA子さんにする必要があったと今でも思っている?」と問い詰めたら、「でへへへ。ちょっとやりすぎたかな」と言ってものすごくバツの悪い顔をしたっけ。のちのちその時のことを次女のB子さんから聞いたら、A子さんの顔は変形していたそうな。
「やりすぎじゃ済まない話だよ。私なら親子の縁、切るね」と言ったら。Yさんは黙ってうなずいていたっけ。Yさん、私に話してラクになりたかったのかもね。