
歌謡曲・J-POPの題材に「食べ物」が使われることもしばしば。暑さで食欲が減退しがちなこの時期に“喝”を入れるべく、1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さんが、つんく♂プロデュースの名曲からアニメのオープニングテーマまで、「食べ物が出てくる歌」を縦横無尽に語ります。
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体力気力が必要なこの季節、暑くて食欲がないなんて言ってられない。食べてパワーを出さなければ! ということで、今回は「食べ物が出てくる歌」である。
スタミナをつけるならなんといっても焼肉。このガッツリ系メニューを恐ろしく色っぽく歌ったのが大塚愛さんの『黒毛和牛上塩タン焼680円』。ただ、焼肉を食べる歌ではなく「肉=私」という世界観。エロスと焼肉をリンクさせた大塚さんの歌詞表現は、タンだけに舌を巻くほどのうまさである。
焼肉以外では、食欲がないときでも不思議とズルズルッといけるラーメンがいいだろう。シャ乱Qの『ラーメン大好き小池さんの唄』は勢いがあるので、食欲とともに元気も出る。つんく♂さんは、食を絡めた名曲がとにかく多い!
カレーライス、スープなどの煮込み系は失恋フラグ?
モーニング娘。の『ザ☆ピース!』も遠回しながらその一つ。選挙のあとは家族で外食に行くという歌詞があり、実際、参議院選挙投票日だった7月10日、「#投票うぃって」がトレンドに。多くの方がこのコースを辿っておられることが実証された。私も投票のあと母とパン屋に行きチュロスを食べた。ピースピース!

タンポポの『乙女 パスタに感動』は彼とのデートを待ちわびる女の子の一週間が描かれている。あえてデート当日の日曜に重点をおかず、平日の昼休みに食したスープパスタをタイトルに押し出す妙技! 週末が近づくにつれ高まっていく女の子のワクワクがより伝わってくるではないか。
ハッピーソングばかりではない。ソニンさんの『カレーライスの女』はなかなかヘビーだ。上京した女の子が恋にのめり込み、木っ端みじんにフラレてしまう。彼が去った後、カレーが上手に作れるようになった以外、何も残っていない。「私今まで何やってたんだろう」という虚しさが溢れ出てツラい! この歌を聴くと私は毎回大声で叫びたくなる。
「カレーがうまく作れるようになっただけでも大したものよーッ」と!
恋愛において手料理は大きなアドバンテージとなるが、カレーライスやスープなどの煮込み系は、歌の世界では意外に失恋フラグだったりする。
斉藤由貴さんの『土曜日のタマネギ』(作詞:谷山浩子)では、土曜の夜はりきってポトフを作っているのに結局彼は来ず「私なんて、どうせ鍋にへばりついたこのクッタクタのたまねぎよ……」と落ち込んでいる。松任谷由実さん(荒井由実時代)の名曲『CHINESE SOUP』も料理とともに、ドロドロした気持ちを具材とリンクさせ、さらにドロドロドロドロくらいに煮詰めている。味わいが深すぎて……。

野菜は幸せの証!『あなたにサラダ』のヒロインのその後
煮込み料理と比べ、サラダは恋愛の歌において幸せの象徴だ。〈「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉という俵万智さんの短歌はキャッチーの極み。好きな人にいいねと言われることがどれだけ嬉しいか、少ない文字の中パンパンに溢れている。どんな隠し味を使ったのか気になるし、「凝った料理ではなく、サラダでキャッキャできる二人最高」と素直に羨ましくなる。歌集『サラダ記念日』は発売から35年も経つが、今もなお多くの共感を集めていることからも、サラダの幸せ指数が見て取れる。

DREAMS COME TRUEの『あなたにサラダ』(1991年)も、作るのは簡単なサラダだけど、彼はおいしいと言って残さず食べてくれるの! とノロケまくりである。
この歌には、2014年のアルバム『ATTACK25』に収録された『あなたにサラダ以外も』という続編ソングがある。主人公はちゃっかり料理の腕を上げていた。つみれを作り、鍋の準備をしている!
オムレツや餃子はまだ上手に焼けないらしいが、それでもサラダ以外の簡単な料理をササッと作り、またまた「彼がシンプルな料理が好みでありがたーい」とノロケていた。ハイハイ、ごちそうさまごちそうさま!
スターダスト☆レビューの『ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス』も、オニオンスライスという正直誰が作っても味はたいして変わらないっぽいメニューが題材。なのになんだろう、この歌から溢れる独特の幸せで切ない複雑な味わいは。ブラックペッパーをかける量にコツがあるのか? いや違う、決め手は愛なのだろう。クーッ! タマネギはサラダの中でも涙と隣り合わせの取扱注意な素材。恋はちょっぴり悲しいこともあるが、それも含め人を好きになる醍醐味だと教えてくれる。
歌詞の通り進めるとコロッケができる!?『お料理行進曲』
思いのほかサラダ論で興奮してしまったが、料理ソングのラストは小さなお子様も大はしゃぎできる『お料理行進曲』(1992年)で締めたい。『キテレツ大百科』というアニメのオープニングで話題となり、歌詞通りに作ればコロッケ(2番はナポリタンスパゲティ)ができるという心浮き立つ仕掛け! 言うなれば「レシピソング」だ。ああ、聴いているとサクサクっと食べたくなる! もちろんキャベツを添えて。
ほらほら、想像するだけで、ジュワジュワと油が跳ねる音と、香ばしい匂いがしてきたはず。暑くて食欲が出ない日も多いと思うが、歌を調味料にお箸を進めてみよう。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka