“型破りな男”から変化する阿部寛
主人公の成瀬は、やることなすこと型破りな男です。彼が刑事の頃に追っていたのは、お年寄りの一人暮らしを狙った卑劣極まりない“アポ電強盗事件”。主犯に心当たりのある彼は、その手下と思しきチンピラ宅にズカズカと上がり込み、令状無しに追い詰めます。まさに型破り。コンプライアンスが重視されるいま、さすがに部下の坂本もついていけません。
阿部さんといえばこれまでにも数々の“型破りな男”を演じてきました。テレビドラマをよくご覧になるかたにとっては、水辺の事件を追うスペシャリスト集団の活躍を描いた『DCU~手錠を持ったダイバー~』(2022年/TBS系)や『ドラゴン桜』第2シリーズ(2021年/TBS系)などでの阿部さんの姿が記憶に新しいのではないでしょうか。
それに昨年は数多くの映画賞に輝いた社会派エンターテインメント『護られなかった者たちへ』(2021年)でも、独自のやり方で犯人を追い詰める刑事を演じていました。これまでにさまざまな作品で独自の刑事像を作り上げてきた阿部さんにとって、“型破りな刑事”という役はもはやお家芸と呼べるものだと思います。しかし本作では、そのような姿だけにとどまりません。個性豊かな音楽隊の一員になるからです。
変化が3つのパートそれぞれにも影響
この映画は成瀬を中心とした物語が、3つのパートで描かれます。1つは刑事として犯人だけでなく自らが属する組織とも敵対する“刑事パート”。もう1つは個性的な音楽隊の面々と衝突し、やがて固い絆で結ばれることとなる“音楽隊パート”。そしてもう1つは、物忘れがひどい母親と、反抗的な娘との関係を描いた“家族パート”。
それぞれに成瀬が見せる表情は違うため、不器用な彼を演じる阿部さんの器用さが非常によく見て取れます。本作の阿部さんについて、“座長として率いている”と先述しましたが、各パートに配された若手からベテランまでの俳優陣と対峙しているともいえます。
音楽隊の一員になり、刑事の道以外の新しい世界に触れていく成瀬。チームで事件を追う刑事らと同じように音楽隊にも仲間の存在が欠かせませんし、一生懸命に演奏することが社会貢献に繋がっている事実も彼は知っていきます。
演じる阿部さんの表情は強張りが解けていき、しだいに声も丸みを帯びていくようになる。“型破りな男”からのこの変化が3つのパートそれぞれにも影響し、異なる世代や、異なるタイプの者たちとのチャーミングなアンサンブルに繋がっていくのです。
「ミスしても周りがカバーすればいい」
さて、本作が描くのは刑事としての自分のことを過信していた男がその力を失い、ともに音楽に熱中する仲間を得て次第に変化していく姿です。そしてその変化は成瀬の多くに影響を与え、彼が関わるすべての人間関係にも影響を及ぼします。他者と共有する“音楽の力”を改めて感じるというものです。
劇中で春子が口にする印象的なセリフがあります。それは、「ミスしても周りがカバーすればいいんです」というもの。彼女はサラッと口にしますが、これは本作のテーマの一つをストレートに告げたものだと思います。音楽だけではありません。どんなことでも、自分一人で背負う必要はない。何か問題が起きたら、誰かがカバーすればいい。
他者と関わり合わなければならないすべての場面に当てはまることなはずです。「共助」が必要とされるいま、とてもシンプルで、つい忘れてしまいがちな大切な考え方なのではないでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun