菅田将暉さん(29歳)と原田美枝子さん(63歳)が親子役で主演を果たした映画『百花』が9月9日より公開中です。これまでプロデューサーとして数々のヒット作を手がけてきた川村元気さんの初監督作である本作は、一組の親子の特別な関係と、ある“謎”を描いたもの。単なる感動的なエンターテインメント作品の枠に収まらない、「名作」といえるものに仕上がっています。本作の見どころや役者陣の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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高いエンタメ性とアート性とが両立した「名作」
本作は、映画プロデューサーだけでなく、小説家や絵本作家としても活躍する川村さんが、2019年に発表した同名小説を自らメガホンを取り映画化したもの。
川村さんの過去のプロデュース作品には『モテキ』(2011年)や『怒り』(2016年)、社会現象を巻き起こした『君の名は。』(2016年)や『天気の子』(2019年)などがあり、『百花』で初めて名前を知ったかたでも、いくつかの作品には触れたことがあるのではないでしょうか。さまざまな話題作の仕掛け人なのです。
描かれるのは、複雑な親子関係
レコード会社に勤務する葛西泉(菅田)は、妻の香織(長澤まさみ)とともにもうすぐ親になろうとしています。喜ばしいことのはずですが、泉の表情はどうにも晴れません。彼は自分の母親である百合子(原田)との間に、特別な事情を抱えているのです。百合子は息子思いの母親で、泉は優しい青年ですが、この親子は過去のとある“事件”をきっかけに複雑な親子関係を築いてきました。そんな百合子が認知症と診断され、次第に記憶を失っていくことに。そしてそれと反比例するように、泉は母との過去を思い出していくことになるのです――。
“作品の一部になる”豪華俳優陣
映画界の重要人物の初監督作なだけあって、菅田さんと原田さんを筆頭に、若手からベテランまで現在の映画界を支える俳優陣が集結しています。長澤まさみさん、永瀬正敏さん、北村有起哉さん、岡山天音さん、河合優実さん、長塚圭史さん、板谷由夏さん、神野三鈴さんら1人ひとりが、出番の多寡に関わらず物語に“強度”を与えていると思います。
一言だけ付け加えておくと、俳優によってはワンシーンだけしか登場しなかったり、表情がよく見えなかったりもします。俳優の演技を見ることを楽しみにしているかたからすれば、もしかすると肩透かしを食うものかもしれません。
しかし本作がフォーカスするのは、とある親子の関係です。これを監督の意思を汲み取りベストなかたちで見せるため、俳優の1人ひとりが自身の役どころをまっとうしているように思います。“作品の一部になる”ということを、誰もが実践しているのです。
「名作」と呼びたくなる仕上がり
本作は過去のある“事件”と、そこに隠された“秘密”を明らかにする物語のため、ミステリーの要素を持っています。つまりはエンターテインメント作品でもあるわけです。それでいて、各シーンはカットを割らない“ワンシーン・ワンカット”で撮影されており、どちらかといえばアーティスティックな映像の連続。
さらに、現在と過去の記憶とが混濁するような編集がなされているのも非常に秀逸です。加えて俳優たちによる適材適所での演技が周到に配置されている。公開からまだ日が浅いのですが、早くも「名作」と呼びたくなる仕上がりなのです。