時代を代表する俳優・菅田将暉の力量
そんな作品で大先輩とともに主演を務めている菅田さん。今年公開の出演映画はいまのところ本作だけなものの、昨年は『花束みたいな恋をした』が広く話題になり、時代を代表する俳優の1人とみて誰も異論はないでしょう。
今年は主演した月9ドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)での妙演や、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合)での源義経役が好評を博しています。その力量は、この『百花』でも健在。本作を「名作」だと先に称しましたが、やはりその中心には主役としての器を持つ彼の存在があるのです。
泉という人物がどのように生きてきたのかが垣間見える
相手役にして母役である原田さんといえば、放送中の朝ドラ『ちむどんどん』(NHK総合)での活躍も話題ですが、若手時代から数々の名匠といくつもの名作を生み出してきた俳優で、代表作を挙げたらキリがありません。
やはり今作でも名演を刻んでおり、認知症の進行によって変化していく表現が秀逸。見た目はそのままながらも、百合子という人間がそれまでに積み上げてきたものが抜け落ちていくのが見て取れるのです。そして、息子の泉を演じる菅田さんも、これに呼応するように変化していきます。
泉は基本的に物静かで冷静な人物ですが、目の前にいるはずの百合子が“母でなくなってしまった”と感じたある瞬間、それまで彼が彼女に対して抱いていた感情を噴出させるシーンがあります。それは、自分のことをあまり語らない泉という人間が、それまでどのように生きてきたのかが垣間見える瞬間でもあるのです。
当然ながら、脚本に書かれているセリフを懸命に読み上げるだけでは到達できないものだと思いますし、テクニックでどうにかなるものでもないはず。“ワンシーン・ワンカット”で捉えられた時間の中で変化していく原田さんの演技を正確に受け止め、そこで生じる素直な感情をリアクションとして出力できているからこそ、そんなシーンが生まれているのだと思います。
『百花』で描かれる“愛”
本作が着地するところは、やはり親子の“愛”です。いくら母親とはいえ、いい年齢の息子とはいえ、互いに1人の人間であり、完全にその「役割」をまっとうすることは不可能。誰だって迷い、戸惑い、間違ってしまうものではないでしょうか。
この『百花』はそれらをじっくり見つめ、母と息子の過去(謎)に深く分け入り、やがて真相にたどりつきます。それは母の息子に対する本当の“愛”。繰り返しますが、誰だって迷い、戸惑い、間違ってしまうもの。ラストにはっきりと見て取れる愛がどんなかたちをしているのか、ぜひあなたの目で確かめてみてください。
◆文筆家・折田侑駿
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun