役所広司さん(67歳)が主演を務めた映画『銀河鉄道の父』が5月5日より公開中です。菅田将暉さん(30歳)を共演に迎えた本作は、詩人にして童話作家である宮沢賢治の生涯を、その父の視点から描いたもの。それぞれの世代を代表する俳優陣の演技が織り成す、心温まる家族の映画に仕上がっています。本作の見どころや役所さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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日本映画界の中枢が集まった手堅い力作
本作は、作家・門井慶喜さんによる直木賞受賞作を、映画『八日目の蟬』(2011年)や『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』(2015年)、『ファミリア』(2023年)などの成島出監督が映画化したものです。
主演に役所さんを迎え、小説『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』などの数々の名作を遺した宮沢賢治の父である政次郎にフォーカス。彼の目から見た賢治の姿や家族の風景を描き出しています。
脚本を担当したのは、映画『恋は雨上がりのように』(2018年)や『フォルトゥナの瞳』(2019年)などの坂口理子さん。日本映画界の中枢が集まった、手堅い力作になっているのです。
悲しみを背負った父子の物語
質屋を営む宮沢政次郎(役所)の長男として生まれた賢治(菅田)。彼は跡取りとして大事に育てられるものの、家業を継ぐことを拒み、農業や人造宝石に夢中になっては両親を振り回します。さらに賢治は宗教の道を志し、1人で東京へと向かうことに。
こう記すと、賢治は自由奔放でワガママな性格の人物に思えるかもしれません。ですが、彼は一つひとつのことに夢中で、いつだって真剣です。それに身の回りの誰に対しても優しい。そんな彼の自由な振る舞いを許すところに、この宮沢家の家族像というものがあるのです。
ある日、賢治の一番の理解者である妹・トシが、当時は不治の病であった結核に侵されてしまいます。賢治は最愛の妹を励ますため、熱心に物語を書いては読み聞かせを続けますが、やがて旅立ちの日がやってきます。
トシを亡くして絶望する賢治。彼はトシがいたからこそ、物語を生み出すことができたのです。
そんな息子が再び物語の世界に向かえるよう、父・政次郎は自身も大きな悲しみを背負いながら励まします。ここから本当の、父子の物語が始まるのです。
森七菜、田中泯らの力演が光る
本作の中心にあるのは政次郎と賢治の物語ですが、そこには彼らと関係し、ときにぶつかり、ときに支え合う家族の存在があります。
賢治の妹・トシを演じているのは森七菜さん。飾らない自然な佇まいで菅田さんとの和やかなかけ合いを展開する役どころですが、この宮沢家がどのように進んでいくのか、家族みんなに影響を与える存在でもあります。ときおりのぞかせるトシのたくましい一面は、森さんの力演によって実現しています。
そして、賢治の母であり政次郎の妻であるイチを坂井真紀さんが、賢治の弟・清六を豊田裕大さんが好演。前者は言わずと知れたバイプレイヤーで、後者はデビューからまだ数年の気鋭俳優です。主として描かれるのが父子の物語だからこそ、その周囲に立つ彼・彼女らの存在と演技が作品全体に深みと広がりを与えています。
さらに、賢治の祖父である喜助を演じているのが田中泯さん。本作のテーマにも関わるある1つの大きな見せ場を作る役どころを担っているのですが、そこで彼が展開するのは身体を駆使した“生の証明”。世界的なダンサーの表現に、ただただ圧倒されるばかりです。
そんな座組を父子に扮して率いているのが、主演の役所広司さんと、菅田将暉さんのコンビなのです。