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菅田将暉が原田美枝子と体現する“親子の愛” 映画『百花』は早くも名作との呼び声

映画『百花』場面写真
菅田将暉が原田美枝子と体現する“親子の愛”とは? (C)2022「百花」製作委員会
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菅田将暉さん(29歳)と原田美枝子さん(63歳)が親子役で主演を果たした映画『百花』が9月9日より公開中です。これまでプロデューサーとして数々のヒット作を手がけてきた川村元気さんの初監督作である本作は、一組の親子の特別な関係と、ある“謎”を描いたもの。単なる感動的なエンターテインメント作品の枠に収まらない、「名作」といえるものに仕上がっています。本作の見どころや役者陣の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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高いエンタメ性とアート性とが両立した「名作」

本作は、映画プロデューサーだけでなく、小説家や絵本作家としても活躍する川村さんが、2019年に発表した同名小説を自らメガホンを取り映画化したもの。

映画『百花』ポスタービジュアル
(C)2022「百花」製作委員会
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川村さんの過去のプロデュース作品には『モテキ』(2011年)や『怒り』(2016年)、社会現象を巻き起こした『君の名は。』(2016年)や『天気の子』(2019年)などがあり、『百花』で初めて名前を知ったかたでも、いくつかの作品には触れたことがあるのではないでしょうか。さまざまな話題作の仕掛け人なのです。

描かれるのは、複雑な親子関係

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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レコード会社に勤務する葛西泉(菅田)は、妻の香織(長澤まさみ)とともにもうすぐ親になろうとしています。喜ばしいことのはずですが、泉の表情はどうにも晴れません。彼は自分の母親である百合子(原田)との間に、特別な事情を抱えているのです。百合子は息子思いの母親で、泉は優しい青年ですが、この親子は過去のとある“事件”をきっかけに複雑な親子関係を築いてきました。そんな百合子が認知症と診断され、次第に記憶を失っていくことに。そしてそれと反比例するように、泉は母との過去を思い出していくことになるのです――。

“作品の一部になる”豪華俳優陣

映画界の重要人物の初監督作なだけあって、菅田さんと原田さんを筆頭に、若手からベテランまで現在の映画界を支える俳優陣が集結しています。長澤まさみさん、永瀬正敏さん、北村有起哉さん、岡山天音さん、河合優実さん、長塚圭史さん、板谷由夏さん、神野三鈴さんら1人ひとりが、出番の多寡に関わらず物語に“強度”を与えていると思います。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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一言だけ付け加えておくと、俳優によってはワンシーンだけしか登場しなかったり、表情がよく見えなかったりもします。俳優の演技を見ることを楽しみにしているかたからすれば、もしかすると肩透かしを食うものかもしれません。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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しかし本作がフォーカスするのは、とある親子の関係です。これを監督の意思を汲み取りベストなかたちで見せるため、俳優の1人ひとりが自身の役どころをまっとうしているように思います。“作品の一部になる”ということを、誰もが実践しているのです。

「名作」と呼びたくなる仕上がり

本作は過去のある“事件”と、そこに隠された“秘密”を明らかにする物語のため、ミステリーの要素を持っています。つまりはエンターテインメント作品でもあるわけです。それでいて、各シーンはカットを割らない“ワンシーン・ワンカット”で撮影されており、どちらかといえばアーティスティックな映像の連続。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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さらに、現在と過去の記憶とが混濁するような編集がなされているのも非常に秀逸です。加えて俳優たちによる適材適所での演技が周到に配置されている。公開からまだ日が浅いのですが、早くも「名作」と呼びたくなる仕上がりなのです。

時代を代表する俳優・菅田将暉の力量

そんな作品で大先輩とともに主演を務めている菅田さん。今年公開の出演映画はいまのところ本作だけなものの、昨年は『花束みたいな恋をした』が広く話題になり、時代を代表する俳優の1人とみて誰も異論はないでしょう。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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今年は主演した月9ドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)での妙演や、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合)での源義経役が好評を博しています。その力量は、この『百花』でも健在。本作を「名作」だと先に称しましたが、やはりその中心には主役としての器を持つ彼の存在があるのです。

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(C)2022「百花」製作委員会
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泉という人物がどのように生きてきたのかが垣間見える

相手役にして母役である原田さんといえば、放送中の朝ドラ『ちむどんどん』(NHK総合)での活躍も話題ですが、若手時代から数々の名匠といくつもの名作を生み出してきた俳優で、代表作を挙げたらキリがありません。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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やはり今作でも名演を刻んでおり、認知症の進行によって変化していく表現が秀逸。見た目はそのままながらも、百合子という人間がそれまでに積み上げてきたものが抜け落ちていくのが見て取れるのです。そして、息子の泉を演じる菅田さんも、これに呼応するように変化していきます。

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(C)2022「百花」製作委員会
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泉は基本的に物静かで冷静な人物ですが、目の前にいるはずの百合子が“母でなくなってしまった”と感じたある瞬間、それまで彼が彼女に対して抱いていた感情を噴出させるシーンがあります。それは、自分のことをあまり語らない泉という人間が、それまでどのように生きてきたのかが垣間見える瞬間でもあるのです。

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(C)2022「百花」製作委員会
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当然ながら、脚本に書かれているセリフを懸命に読み上げるだけでは到達できないものだと思いますし、テクニックでどうにかなるものでもないはず。“ワンシーン・ワンカット”で捉えられた時間の中で変化していく原田さんの演技を正確に受け止め、そこで生じる素直な感情をリアクションとして出力できているからこそ、そんなシーンが生まれているのだと思います。

『百花』で描かれる“愛”

本作が着地するところは、やはり親子の“愛”です。いくら母親とはいえ、いい年齢の息子とはいえ、互いに1人の人間であり、完全にその「役割」をまっとうすることは不可能。誰だって迷い、戸惑い、間違ってしまうものではないでしょうか。

映画『百花』場面写真
(C)2022「百花」製作委員会
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この『百花』はそれらをじっくり見つめ、母と息子の過去(謎)に深く分け入り、やがて真相にたどりつきます。それは母の息子に対する本当の“愛”。繰り返しますが、誰だって迷い、戸惑い、間違ってしまうもの。ラストにはっきりと見て取れる愛がどんなかたちをしているのか、ぜひあなたの目で確かめてみてください。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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