
岡田准一さん(42歳)が主演を務めた映画『最後まで行く』が5月19日より公開中です。綾野剛さん(41歳)を共演に迎えた本作は、2014年に公開され大ヒットを記録した韓国の同名作品を日本でリメイクしたもの。2大スターのぶつかり合いも見応え十分な、非常にスリリングな作品に仕上がっています。本作の見どころや岡田さん、綾野さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
* * *
“追われる男”と“追う男”の姿を描いた韓国映画のリメイク作
本作は、映画『新聞記者』(2019年)や『余命10年』(2022年)などの話題作を手がけてきた藤井道人監督の最新作。2014年に公開された韓国の大ヒット映画『最後まで行く』をリメイクしたもので、ある事故をきっかけとして始まる、“追われる男”と“追う男”の壮絶な攻防を描いています。
藤井監督といえば、4月に横浜流星さん主演の『ヴィレッジ』が公開されたばかり。同作はオリジナル作品で、藤井監督の作家性が存分に生きた映画でした。

一方の『最後まで行く』は繰り返すように韓国映画のリメイク作。職人的な手腕を発揮しながらもただの模倣品に陥らず、そこには“日本でリメイクする意義”のようなものが見出せます。日本映画界の第一線に立つ人々が力を合わせればどうなるのか。それを証明する作品になっているのです。
窮地に立たされた男たちの攻防
12月29日の夜、雨の中を車で走っていた刑事の工藤(岡田)。母が危篤だと聞いた彼は、妻と娘が待つ病院へと急いでいます。
その工藤の元に課長から連絡が入り、署内にヤクザから裏金を受け取っている人間がいるかもしれないということ、課長は工藤を疑っていること、そしてそれを調べに監察官がやってくることが告げられます。狼狽する工藤。そこへ今度は妻から、母が亡くなったことを告げられます。
焦る彼は病院へと車を飛ばすものの、目の前に飛び出してきた1人の男をはねてしまいます。慌てて駆け寄るも、男はすでに息をしていません。絶体絶命の状況に追い込まれた工藤は遺体をトランクに入れ、なんと見ず知らずの男の遺体を母の棺桶にいれ、斎場で焼くことを思いつきます。

そんな工藤のスマホに一通のメッセージが。その内容とは、彼が人を轢き殺したうえに隠蔽しようとしていることのすべてです。
このメッセージの送り主は、工藤とは対照的なエリート監察官である矢崎(綾野)。彼はある理由から1人の男を追っており、その男こそ、工藤がはねてしまった人物なのです。けれども矢崎もこの件を公に知られるとまずい状況に立たされているため、彼らは周囲の人々を巻き込みながら、1対1での攻防を繰り広げていくことになるのです。
広末涼子、磯村勇斗、柄本明ら演技派俳優陣が男同士の闘いを支える
本作で展開するのは、どこか間の抜けた男が犯した過ちに端を発するサスペンス。物語の始まりこそ滑稽ですが、作品全体の印象は非常に骨太です。そういった作品が生まれるためには、やはり脇を固める優れた俳優陣の力が必要。本作にはスキがありません。
工藤の妻・美沙子を演じるのは広末涼子さん。ポジションとしてはヒロインにあたるわけですが、出番は決して多くはありません。けれども夫に対する彼女の言動の一つひとつこそが、工藤がどのような人物なのかを物語っています。本作における重要人物の1人を好演しているのです。

そしてもう1人の重要人物を演じているのが磯村勇斗さん。いえ、“最重要人物”だと言えるかもしれません。そう、彼が演じているのは工藤にはねられる男・尾田です。藤井監督と綾野さんのタッグ作『ヤクザと家族 The Family』(2021年)でも1つのメッセージを背負うキーマンを演じた彼が、今作では工藤と矢崎を繋ぐ役割を。生前の尾田にフォーカスしたシーンも多く、磯村さんの妙演が作品に複雑さをもたらしています。

さらに、駿河太郎さん、山中崇さん、黒羽麻璃央さん、駒木根隆介、山田真歩さん、清水くるみさん、杉本哲太さんらが脇を固めているほか、柄本明さんが工藤と繋がりのあるヤクザの組長を演じています。彼もまた物語を左右する重要人物の1人です。

そしてこの座組の中心で攻防を繰り広げているのが、岡田さんと綾野さんというわけです。
“肉体派スター”同士の衝突が生む強固な緊張感
主演の岡田さんといえばアクションに定評があり、日本でも随一の肉体派俳優だと言えるでしょう。放送中の大河ドラマ『どうする家康』(NHK)では人間離れした新たな織田信長像を立ち上げて注目を集めているところですが、映画『ザ・ファブル』シリーズに『燃えよ剣』(2021年)、『ヘルドッグス』(2022年)など、近年の主演映画にはほとんどすべてアクションの要素が密接に絡んでいます。主演俳優でありながら、共演者のアクション指導を担当している事実なども、彼を肉体派俳優だと呼べる根拠になっているのです。
一方の綾野さんもまた、非常に高い身体能力を持った俳優です。それらは映画『るろうに剣心』(2012年)や『武曲 MUKOKU』(2017年)、同じくアクションを得意とする佐藤健さんとスピード感あふれる一騎打ちを繰り広げた『亜人』(2017年)に見られますし、藤井監督がメイン監督を務めたドラマ『アバランチ』(2021年/カンテレ・フジテレビ系)で激しい格闘シーンをいくつもこなしていたのが記憶に新しいところです。

本作にみなぎる緊張感は、物語の展開が生むものだけではありません。“肉体派スター”同士の衝突もまた、強固な緊張感を生んでいるのです。
コミカルな岡田准一とシリアスな綾野剛――その細部に注目
本作の見どころは“肉体派スター”同士のぶつかり合いだけではありません。物語そのものには、これでもかというほどにギミックが施されていますから。スタートからゴールへと向かって、この2人の俳優としての新しい一面だって見えてくることでしょう。

現在の岡田さんは、先述しているように大河ドラマ『どうする家康』の織田信長役でお茶の間をにぎわせているところ。その姿はまるで“魔王”のようです。ところがこの『最後まで行く』で演じる工藤はその正反対とも言える人物。いろいろと問題のある刑事であり、とにかく間が悪く、とことんツイていない。作品の中心に堂々と鎮座している信長役とは違い、声にしろ表情にしろ、徹底的に“小物”的な存在を表現することに徹しているのです。それはときに観客の笑いを誘うものでもあるでしょう。

対する綾野さんは、どこまでも冷徹な人物をシリアスに演じています。観ていて驚かされたのは、彼の表情の豊かさです。“豊かな表情”と言えば普通は、喜怒哀楽がくるくると変わるものを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、本作での綾野さんは違います。演じる矢崎はいつだって自らの感情を抑圧しているような人物。それなのに、怒りの感情を抑えても抑えてもあふれ出てくるから怖いのです。
自身を取り巻く状況に翻弄されているのは工藤だけではありません。それは矢崎も同じ。変化する環境に対して露骨に反応していくさまを表現する岡田さんとは違い、綾野さんは顔の一部の筋肉を操作することでそのときどきの心情を示しています。彼の“性格派俳優”ぶりを見せつけられるというものでしょう。本作は彼ら2人の対照的なパフォーマンスを堪能することができるのです。
日本でリメイクする意義
さて、本作はさまざまな角度から観てユニークな作品ですが、とはいえ、あくまでも韓国映画のリメイクです。どれだけすごいことをやろうとも、先行しているものがすでにある。そこで注目すべきなのが、“日本でリメイクする意義”ではないでしょうか。韓国でヒットしたからといって、それを日本で焼き直したところで、それは本当にただのリメイク作品でしかありません。

けれども、本作はどうか。先述している通り、日本を代表する映画人が携わっているからこそ、それは現行の日本映画の1つとして新しい息吹を与えられているように思います。岡田さんのパフォーマンスも、綾野さんのパフォーマンスも、藤井監督のもとでこそ実現できたもの。こうして韓国の大ヒット映画のリメイク作品は、2023年の日本映画界の市場に堂々とその存在を刻んでいるのです。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun