
ボクシングに打ち込む青年、キム・ゴヌ(ウ・ドファン)と、同じくボクサーのホン・ウジン(イ・サンイ)がバディとなり、悪徳貸金業者に立ち向かうNetflixシリーズ『ブラッドハウンド』(全8話)。迫真のアクションシーンの連続には息を呑むが、舞台は2020年、コロナ禍真っ只中。ボクシングの試合は無観客、仕事の面接ではマスクの付け方で一悶着、傷ついて担ぎ込まれた病院でもコロナ禍ならではのエピソードが繰り広げられます。リアルなアクションドラマ『ブラッドハウンド』を、韓国ドラマや映画などに詳しいライター・むらたえりかさんが解説します。(レビューはネタバレを含みます)
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コロナ禍の抗争に「マスク」が生きる
コロナ禍の必須アイテム「マスク」。血で血を洗う抗争を描くNetflixドラマ『ブラッドハウンド』の舞台は2020年だ。上司が部下に「マスクをつけろ」と指示したり、仕事の面接に来た男性が「なぜマスクを取ったんだ」と怒られたりする場面がある。言われた側が慌ててマスクをつけたり不服そうな顔をしたりする姿に、マスクに対する3年前の戸惑いを、改めて思い出す。
さらに戦いに臨んでは人に紛れるための小道具としてもマスクを活用。強敵に本気を表すシーンで、スッとマスクを外す。肉体がぶつかりあい、血飛沫も大量に飛ぶハードな設定に、マスクが巧妙に生かされている。

コロナウイルスの流行によって、飲食店をはじめ多くの中小企業や個人事業主などがダメージを負った。それは韓国でも同じだったようだ。主人公のキム・ゴヌ(ウ・ドファン)は、ボクシングに熱中している真面目な青年。母親のソヨン(ユン・ユソン)が営む小さなカフェは、コロナ禍の影響で家賃を払うのもままならないでいる。
そんなとき、「スマイルキャピタル」という貸金業者が、中小企業支援の政府の事業だとうたってソヨンを騙し、借金を背負わせる。簡単には返済することができない1億円の借金だ。母親を助けるために、ゴヌは貸金業の世界に飛び込むことになる。

王道ストーリーなのに、予想を裏切ってくる
一市民であるゴヌが、大手貸金業者という巨悪に立ち向かう王道の勧善懲悪ストーリーながら、その展開はたびたび予想を裏切ってくる。最初に「おお!」と驚くのは、いかにも敵役といった雰囲気で登場するホン・ウジン(イ・サンイ)のキャラクターだ。
ゴヌとウジンは、ボクシングの新人戦で出会う。コロナの影響で、試合は無観客で行われた。ウジンはいかにも血の気が多そうで、人を殴ることや倒すことそのものを楽しんでいる。それに対して、ゴヌは基本に忠実で、スポーツとしてボクシングに向き合っている雰囲気がある。

ゴヌは試合で戦っても遺恨を残さず、強い相手を認める素直さを持っている。試合の後にゴヌに食事に誘われたウジンは、どうして敵と一緒にご飯を食べなければいけないのかと、戸惑いの表情を見せる。このまま反発し合って敵対するのか……と思いきや、兵役で海兵隊に所属していたことなどの共通点を見つけ、態度を一変させる。今度はウジンのほうからグイグイとすごい勢いで距離を縮めていった。あっという間に「アニキ」「親友」と呼び合う仲になる。

借金に困るゴヌに仕事を紹介するため、ウジンは知り合いを何人も訪ねて紹介しようとする。ただの友達や対戦相手にここまでする人はいない。心からゴヌを心配し、助けたいと思っていることがうかがえる。
『ブラッドハウンド』の原作は、Webtoon作品『猟犬たち』。監督は、男性2人の熱い信頼関係を描いた人気映画『ミッドナイト・ランナー』(2017年)のキム・ジュファンだ。
ヒロインらしからぬ冷徹ヒロイン
他にも予想を裏切られる場面がある。ゴヌとウジンは、貸金業のチェ社長(ホ・ジュノ)から、娘のヒョンジュ(キム・セロン)の護衛を頼まれる。ボクサーの男性二人に守られるというとヒロイン的な立場のようだが、ヒョンジュはその枠にハマらないキャラクターだ。
ヒョンジュの護衛中に、ホームレスの老人が暴行を受けて死にかけているのを見たゴヌは、居てもたってもいられずに助けに行く。どうしても人を見捨てられないゴヌに対して、ヒョンジュは知らない人を助ける義理はないと怒り、ゴヌを解雇しようとする。目的のためであれば、ヒョンジュは人を見捨てられる人間なのだ。

これまで一人で戦ってきたヒョンジュにとっては、義理や人情は邪魔なものだったのかもしれない。けれど、正義感が強いゴヌや人懐っこいウジンとともに行動していくうちに、ヒョンジュの考え方も変化する。仏頂面しか見せなかったヒョンジュの表情が、徐々に緩んでいく。

「父親」が落とす暗い影
ゴヌ、ウジン、チェ社長、ヒョンジュは信頼関係を結んでいく。この4人にはある共通点がある。それは「父親」によって苦労をしてきたことだ。それぞれの父親たちが残したものが、彼らの人生に影を落としている。
チェ社長は、父親が酷い目に遭うところを見てきた。ヒョンジュは父親に捨てられ、ゴヌは酒乱になった父親に苦しめられた。ウジンは、立派な功績を持つ父親が自分を認めてくれないことに悩んでいる。

ソヨンを騙した「スマイルキャピタル」の代表、キム・ミンギョル(パク・ソンウン)が、ゴヌとウジン、そしてチェ社長、ヒョンジュの敵となる。ミンギョルは、誰も手出しができないような財閥の関係者であっても、暴力をふるうことをいとわない。ミンギョルの部下で力の強いカン・インボム(テ・ウォンソク)に指示をして、どんなに強い相手でもボコボコにしてしまう。法律の穴をついて莫大な利益を得よう、国や社会をうまく利用してやろうと考える側の人間だ。

自分の拳を信じるアクションシーン
第3話では、ゴヌとウジン、そしてヒョンジュも加わって、ミンギョルの手下30人と戦う場面がある。手下たちは鉄パイプを持っているのに対し、主要な戦力のゴヌとウジンは素手で立ち向かう。
多勢に無勢でなりふり構っていられない状況だが、ゴヌとウジンのパンチにはボクシングでつちかったキレと美しい正確性がある。ときには相手の鉄パイプを利用もするが、あくまでも自分の拳を信じて向かっていく。その戦いぶりは、ぜひ映像で確認してほしい。戦いを重ねるごとに仲が深まっていく若者3人の姿は、まさに青春だ。

Netflixシリーズ『ブラッドハウンド』
出演:ウ・ドファン、イ・サンイ、ホ・ジュノ
監督・脚本:キム・ジュファン
原作:J-Chan『猟犬たち』
◆ライター・むらたえりか

ライター・編集者。ドラマ・映画レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。宮城県出身、1年間の韓国在住経験あり。https://twitter.com/eripico