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66歳オバ記者が振り返る在宅介護の日々 母親が「100万円がねぇ!」と大騒ぎ、その意外な顛末

オバ記者
母ちゃんが「金がなくなった!」と言い出した日のことを思い出した
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ライター歴45年を迎えたオバ記者こと野原広子(66歳)は一昨年、茨城の実家で母親を介護し、最終的には病院で看取った。苦労の絶えない在宅介護の日々の中で、忘れられない出来事があるという。母親が突如「100万円がねぇ!」――いったい何があったのか?

* * *

母ちゃんが深刻そうな声で「こっち来い」

あと数日生きていれば92歳、惜しい!というタイミングで3年前に亡くなった母ちゃんだけど、亡くなってから私、一度も泣いていないし、これからもきっとそう。それより「面白い婆さんだったな」とついニマニマしてしまうことばかりよ。

たとえばお金のこと。まだ本格的な介護が始まる前で、老健(老人介護保健施設)を出たり入ったりしていた頃のこと。様子を見に帰省したら家の中が見渡せる定位置に座って、「ヒロコよ。ちょっとこっちにこうよ」と声を潜めるんだわ。「こっちにこうよ」とは茨城弁で「こっちに来てよ」という意味で、「来い」は「こ」と一音で言うこともあるし、「はっこ」と言ったら早く来いということ、という話はともかく。母ちゃんはひどく深刻ぶった声で顔をしかめているの。

オバ記者の母ちゃん
深刻そうに「こっち来い」ってあの時の顔は今でも忘れない
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「あのよ。金がねぇんだよ。この前、100万円郵便局からおろして、あれとこれを払って、残りが45万円はあるはずなんだよ。それをビニール袋に入れて口を縛って、ここに置いておいたはずなんだけど、いっくら探してもねぇんだ」

家に鍵をかける習慣がなかった

亡くなった今だから言うけれど、母ちゃんはずいぶん長いこと、家に鍵をかける習慣がなかったの。「鍵なんかかけたら留守だって言ってるようなもんだっぺな」と言って。都会では考えられないことだけど、ある時期まで田舎ではそういう家が珍しくなかったんだよね。

で、印鑑や通帳などの大事なものはどこに保管しておくかというと、たいがいは仏壇の下の引き出しやその周辺。ご先祖様が泥棒よけになるとは思わないけれど手は出しにくいかもね。で、わが家もそうだったんだけど、手元金の保管はどうするかというと母ちゃんはいつもの席の後ろの押し入れの下段。

オバ記者
押し入れの下段が母ちゃんの隠し場所
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というと、わかりやすそうだけど、とんでもない。引き戸をガラッと開けると三段の整理ダンスで、その周辺には化粧品やら編みかけのチョッキやら、町の広報紙、電話帳。それと数えきれないほどのレジ袋よ。片づけられない人の家の定番で、口を縛って何が入っているかわからないレジ袋が山積みになっているの。要は見ただけで片づける気が失せるゴミだめよね。そこに現金の入ったレジ袋を紛らせておくのが母ちゃんの防犯対策だったの。

温泉旅行にも“全財産を持ち歩き”

もうツッコミどころ満載だけど、それだけじゃないよ。母ちゃんも義父ちゃんも大の旅好き、温泉好きで、月に何度も家を空けていたの。さすがにそんなときは家に鍵をかけたけれど、貴重品は丸ごと持って出るんだよね。

ある時、義父ちゃんがどうしても行きたいといって私の案内で熱海から伊豆を旅したときのこと。日帰り温泉に入ったら脱衣所の母ちゃんの様子がおかしいのよ。裸になったのはいいけれど、布製のバックの持ち手をきりりと縛って、それを脱いだ服で隠しているんだわ。「風呂に誰かいるのか?」と浴室の引き戸を開けたりして落ち着かない。ははあん。布製バックの中に印鑑、通帳、キャッシュカード。それから茶封筒に入った一万円札が何十枚かが入っているんだなと見当がついたわよ。

現金が無くなるより母ちゃんがボケる方が怖い(写真は元気だった時の母ちゃんと義父)
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見当がついたというのは、私が聞いても“全財産持ち歩き”のことは絶対に口を割らないの。娘の私にも用心して、「そうたもん、持ってねえべな」と、これまで何回やり取りしたか。まあ、ギャンブル依存症で万札はすべて“タネ銭”にしか見えなかったことがある私は、自分で自分を信用していない。母ちゃんの用心は正しいと思うけれど、それにしても全財産を脱衣所に置いて温泉に入ってゆっくりできるわけないって。幸い、女風呂には誰も入ってこなかったけれど、母ちゃんはずっと入口から目を離さず、耳を澄ませていたもんね。

と、まあ、昭和ヒトケタ生まれの茨城の農家出身の母ちゃんがすることは、理解できないことが多かったけれど、冒頭のように「金がなくなった」と言い出したのは初めてだ。いよいよボケが始まったかと私が身構えると、母ちゃんは目を尖らせて、「ここをいじった人がいんだよな」と、ぐちゃぐちゃ収納の戸をトントンと叩くんだわ。ほ~ら、いよいよおいでなすったか? もの取られ妄想が始まったらボケの入り口だぞ、と私はそっちのほうが恐ろしい。

家族ぐるみでつきあいのある人にも疑いの目を…

「そういえばこの前、〇さんが来たんだよな」と、母ちゃんが具体的な名前まで出したら、もう私も黙っていられない。〇さん家族ぐるみで長いことつきあっている人で、天地がひっくり返ってもそんなことをする人じゃないもの。

オバ記者
あんなに仲が良かった人も疑いだした母ちゃんの発言は衝撃だった
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「わがった。母ちゃん。その袋は私が見つけてやるけど、その代わりだ」と、母ちゃんにグイと体をくっつけて、「約束してくれっか?」というと、初めて顔をほころばせて「なんだよ」と体を押し返してきたの。

「だがらな。その袋の中には45万円入ってんだっぺ? あと何があんだ? ん? 古銭と古いお札? わかった! じゃあ、こうすっぺ。もし私が見つけたら半分くれっか?」

何かあてがあったわけじゃないのよ。だけど母ちゃんが探したという場所とは別の、物が積みあがっているところを探し出したら、ものの数分よ。郵便局の封筒と古銭がごっちゃり入った茶封筒入りのくちしゃくちゃのレジ袋を見つけちゃった!

現金が見つかると「全部、持ってげな」

「母ちゃん、これが?」と差し出すと、「あれ~よ。どごにあったんで?」と、さすがにバツが悪そうだ。すかさず「まあ、〇さんのことは聞かなかったことにしてやっけどさ。約束は守ってもらうがんな」と私。で、封筒から一万円札を抜き出して数えたら、な、なんと57万円ある! それをちゃぶ台に札をきれいに並べて、「半分こな」と分けようとしたら、母ちゃんは笑って「あはは。いいよ。全部、持ってげな」だって!

母ちゃんにボケられるのも怖いけど、欲が離れてあっさり旅立たれるのもどうよと、現金を前にした私はとってもやさしい気持ちになっていていてね。そうか。こういうのを「現金」っていうんのか、と思いながらニマニマが止まらなかった。

オバ記者
見つけた現金全部持ってけって、母ちゃんの太っ腹発言にニンマリ
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その直後、母ちゃんは自分のお金を全額、弟に預けて、それきりお金の話は死ぬまでしなかったの。25年間、ホームヘルパーをしていた母ちゃんは老人の末期をイヤというほど見ている。この夜のことで何か悟ったのかもね。

そうそう。ビニール袋に現金といえば忘れられないことがあるの。足立区でひとり暮らしをしていたWさん(当時72歳)から20年以上前に聞いた話だ。

彼は元地主さんで家の改築をしようと不要品の片づけをしようと、お嬢さん夫婦を助っ人に頼んだ。「廊下のすみからいらないものを積み重ねて、細かいものはゴミ袋に入れていたんだけど、ほら、昔は黒くて中身が見えない袋を使っていたでしょ。その時は増改築のことしか考えていなかったんだけど数日後、片づけがひと段落したら血の気が引いたよ」。

オバ記者
1700万は無いと思うけど、現金捨てないように気をつけよっと(写真は千葉県柏市の『道の駅しょうなん』まで原チャリで遊びに行った時)
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なんとWさんは黒い袋の中に現金を入れて廊下のすみの目立たないところに置いておいたそうな。その額1700万円! それがない!

清掃局に問い合わせたり、ゴミ集積所まで見に行ったけれどあるわけがない。こうして、ゴミになる現金が、かなりあるらしいよ。

◆ライター・オバ記者(野原広子)

オバ記者イラスト
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1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。

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