
大物ミュージシャンの訃報が相次いだ2023年。なかでも、ファンばかりか関係者まで驚かせたのが、10月18日、大動脈解離で亡くなった歌手・もんたよしのりさん(享年72)です。突然の別れから約1か月が過ぎた今、悲しみを新たに、ライターの田中稲さんが彼の歌声の魅力を綴ります。
* * *
聴き手の心のドアを、ダーン! と足蹴にして入ってくるような、すさまじくインパクトのある声がある。もんたよしのりさんの歌声はまさにそれで、イメージとしては「爆発」だ。
内側に溜まったエネルギーに押し出されて声が一度爆発し、その破片がこっちに向かって飛び散ってくる感じなのだ。歌いながらよく動く右手と右脚は、常人には見えない、魂の出力スイッチとハンドルを操作しているようだった。
私がもんたよしのりさんの歌を初めて聴いたのは1980年 6月12日の『ザ・ベストテン』。ちなみに、初登場時のランキングは以下の通りだ。錚々たる曲がズラリで、いやはやよくぞここに当時無名だった彼らがねじり込んできたと驚く。
【1位】蜃気楼/クリスタルキング【2位】倖せさがして/五木ひろし【3位】タブー(禁じられた愛)/郷ひろみ【4位】ランナウェイ/シャネルズ【5位】恋のバッド・チューニング/沢田研二【6位】昴/谷村新司【7位】謝肉祭/山口百恵【8位】ダンシング・オールナイト/もんた&ブラザーズ【9位】コーラス・ライン/野口五郎【10位】ロックンロール・ウィドウ/山口百恵
しかも『ダンシング・オールナイト』はランクインしてから3週目で1位を獲得。山口百恵さんの『ロックンロール・ウィドウ』と熾烈なトップ争いを繰り返しつつ、なんと7回も1位を獲得したのである。
私の第一印象は、好きとか嫌いとか感じる以前に「びっくり」。曲も声も頭から離れなくなった。

歌詞はどこか懐かしい、ムード歌謡のよう。ただ、その世界観を、激しく、ザリザリとかすれた声で、もんたよしのりさんが体全体でシャウトする。そこにギターやホーンの音が、ダララダリラリ……と、意味ありげに絡みつく。なんじゃこりゃ! であった。
今聴けば最高にエモ&エロ。しかし当時まだチビッ子だった私は、この歌が大好きだった父親の横で、意味も分からず、ひたすら「ダジオールナイッ」と歌真似をしていた。ビールの味のようなもので、そのおいしさがわかったのは、かなり大人になってからである。
ちなみに、この曲を作詞した水谷啓二さんは、もんたさんが作曲した8曲入りのカセットテープを渡され、1週間という短い締め切りで書いたのだとか。ところが、しばらく何の連絡もなく1年が経ち、ある日、もんたさんと偶然スタジオで会ったとき「来月発売するでぇ」と言われたという。
『ダンシング・オールナイト』、声や楽曲だけでなく、誕生エピソードもびっくりである。

ヒデキに提供した『ギャランドゥ』は絶対に外せない
歌唱力モンスター同士のバトルが最高に熱い大橋純子さんとのデュエット曲『夏女ソニア』のほか、『DESIRE』、『お前が好きやねん』など名曲は多いが、やはりもんたよしのりさんといえば、彼が西城秀樹さんに提供した『ギャランドゥ』(1983年)は絶対に外せない。
髪をバシッと切った西城秀樹さんがこの歌をノリノリで歌唱したときは、あまりのダンディーさに「この曲をヒデキに与えし音楽の神よ、ありがとう……!」と祈りを捧げたものだ。その音楽の神(作詞作曲)がもんたよしのりさんと知ったのはかなり後だが、いい曲を書くんだなあ、と感動したものである。
今では、もんたさんの造語「ギャランドゥ」という言葉はなぜかヘソ周りの毛の代名詞なってしまったけれど、最高にイカシた、大人のときめきを表す擬態語だと思っている。
『ギャランドゥ』はもんたさんもセルフカバーしているが、ヒデキはセクシー、もんたさんはパッション、という感じで、独特な衝撃が楽しめる。シャカシャカと心地よく乾いた声は、いろんな感情を自由自在に放出してくるので、どんなカバー曲も、ご本家とまったく違った聴き心地になるのが楽しい。
化粧品メーカー・ノエビアのCMでの彼のカバーは有名だ。1989年の夏・秋では『イミテイション・ゴールド』(山口百恵)、1991 年の秋では『冬の稲妻』(アリス)をカバー。これが鶴田一郎の美人画とマッチし、すばらしく「いい女になれそう」と感じさせるのだ。クーッ、さすがコスメティック・ルネッサンス!
ノエビアのCMシリーズは、もんたさんのほかにも、柳ジョージさん、上田正樹さん、森進一さん、世良公則さん、桑名正博さんなども参戦。この見事すぎる人選、CMスタッフにしゃがれ美声マニアがいるとしか思えない。しかしおかげで、しゃがれ美声とコスメとの相性の良いということが証明された。この功績は大きい。

「彼、ホンマにええ歌を歌うよな」
私はしばらく、もんたよしのりさんの歌声を聴いていなかった。
それでも、もんたさんが急逝していたことが報じられた10月23日、朝の情報番組『めざまし8』(フジテレビ)で谷原章介さんが、「NHK『うたコン』の9月26日の生放送で共演したとき、本番中に僕の肩をぽんとたたいて、ゆずの岩沢さんのことを『彼、ホンマにええ歌を歌うよな』と言ってて」と思い出話をされた時、「彼、ホンマにええ歌を歌うよな」が、すぐに、彼の笑顔としゃがれ声で脳内再生できた。やっぱりすごい声だ。
改めて聴き返すと、私は歌手ではないけれど、それでも、もんたよしのりさんの声は聴いていて、猛烈に羨ましくなる。心配になるほどしゃがれているのに、低くも高くも広く響く声。セクシーなのにカラッと乾いている声。言葉が伝わる声。記憶に残る声。
ホンマにええ声してるよな。
もう歌声が聴けないとわかってはいるのだが、それでも、羨ましくてたまらない。
そして、この原稿を書いている途中、大橋純子さんの訃報が届いた。もう、本当に寂しい。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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