エンタメ

『BOYのテーマ』『夏色片想い』ほか 記録的猛暑を癒してくれる「菊池桃子のエンジェルボイス」…シティポップブームで「ラ・ムー」は世界的人気に

8枚目シングル『夏色片思い』(1986年)。“桃缶”ステッカーが同梱されていた
写真7枚

1984年にアイドルとしてデビューすると、瞬く間にスターダムへと駆け上がった菊池桃子。今年で40周年を迎えたが、アイドル時代やバンド「ラ・ムー」時代の楽曲が、近年、再評価されている。菊池桃子の歌声に「涼」を感じるというライターの田中稲氏が、猛暑を癒してくれるおすすめの楽曲について綴る。

* * *
今年は記録的猛暑となりそうである。調べなきゃいいのだが、ウェザーニュースで2024年8月〜10月の傾向を調べてしまった。「厳しい暑さ長引く」。読むだけで暑い! この猛暑を少しでも爽やかに、心地よく過ごしたい。

こんな時は、とりあえずビール、そして、とりあえず桃子。菊池桃子さんの歌声である。

菊池桃子の楽曲は「まるで歌う風鈴。聴く打ち水」(写真は1985年、Ph/SHOGAKUKAN)
写真7枚

「大嫌いな夏が、ほんの少しだけ好きになる」

菊池桃子はアイドルの天才である。1984年、菊池桃子さんがデビュー曲『青春のいじわる』を歌う姿を初めて見た時の衝撃は忘れない。聖母さながらの笑顔を浮かべ、祈るように両手でゆっくりとマイクを持ちあげる表情は、まごうごとなきヒロイン。出てきた歌声は想像以上に小さな声であったが、超絶可憐だった。

当時はまだ「ウィスパーボイス」という言葉が一般認知されていなかったため、彼女の声は、ただただ声量の少ないカワイイ声として評価されていた。

かくいう私も1985年、日本武道館コンサート『MOMOKO in ADVANCED DOMESTIC TOUR BUDOKAN』開催のニュースを知ったときは、驚いたものである。彼女の囁き歌唱は、広い会場よりテレビ向きだろうに——。しかしそんな私の心配など鼻で笑うかのように、ビートルズの公演の観客動員数(2万2000人超)を塗り替え、コンサートを大成功させた桃子なのだった。彼女は証明したのだ。かわいさから生まれるパワーが無限大であることを!

さあ、前置きが長くなったが、クーラーを28度に設定し、菊池桃子を流してごらん。5thシングル『BOYのテーマ』の、「ボーイ……いつの日からか……♪」のAメロ歌い出しを聴くだけで、ああ、爽やか。室内温度が3度下がる。8thシングル『夏色片想い』のサビ「聞い・て・アンドゥトロワ♪」に至っては、5度下がる効果が得られる(注:個人的な感覚です)。

なんとエモ&キューティーな納涼なのか。まるで歌う風鈴。聴く打ち水。大嫌いな夏が、ほんの少しだけ好きになる。暑くてウンザリしている方、ぜひ桃子を聴いて!

『BOYのテーマ』(1985年)は、主演映画『テラ戦士ΨBOY』の主題歌として発売された
写真7枚

シティポップブームで「ラ・ムー」が世界的人気に

私が「聴いて聴いて」と熱く語らずとも、すでに彼女は今、シティポップブームの波に乗り、「エンジェルボイス」「宝石のよう」と、世界で大人気なのであった。

1987年、CD売り上げが下降していた時期の12thシングル『ガラスの草原』が、『レコード・コレクターズ』2020年7月号(ミュージック・マガジン社)の特集「1980-1989 シティ・ポップの名曲ベスト100」で、69位にランクインしている。100位内でランクインしているアイドル歌手は、松田聖子さんと薬師丸ひろ子さんと彼女の3人だけというではないか。

さらに私が強く後悔をしているのが、1988年結成された、彼女がメインボーカルをつとめたバンド「ラ・ムー」についてである。あの儚い声でダンサンブルに歌い、彼女より100倍歌が上手そうな外国人バックコーラスを従えていた。そこで頭ごなしに思ってしまったのだ。こりゃ売れん、と——。言い訳がましいが、当時はラ・ムーに対して戸惑いの声の方が多かったのである。

しかし長い年月を経て改めて聴くと、彼女の歌声と、バックコーラスのスタイリッシュな英語が交わり、ものすごい爽快感と透明感に溢れているのだ。私は心で菊池桃子さんに土下座した。

そして実際、ラ・ムーは「最高にクール」との再評価が定着し、現在も『愛は心の仕事です』ほか、『少年は天使を殺す』『Rainy Night Lady』など、YOUTUBEやサブスクで多くの人に聴かれ、ラ・ムー唯一のアルバム『Thanks Giving』や菊池桃子の3rdアルバム『ADVENTURE』などがアナログレコードで再発売。国内外で絶賛されている。

昨年は『ADVENTURE』ほか『OCEAN SIDE』、『TROPIC of CAPRICORN ~南回帰線~』、『ESCAPE FROM DIMENSION』の初期アルバム4タイトルがアナログ盤で発売された
写真7枚

実はラ・ムー結成時、菊池桃子さんは、あの囁くような歌い方以外に、強く声を出す歌い方も試したそうだ。しかしスタッフが「それでは個性がなくなる」と止めたらしい。

スタッフ、さすがプロである。「桃子の声はそのままで評価される」——。この強い確信が30年後の再ブームにつながった。

彼女の声は涼しいが、スタッフとの信頼関係は熱い!

表現が限りなくシティな『渋谷で5時』

今の私のお気に入りは、菊池桃子の2ndシングル『SUMMER EYES』と9thシングル『Say Yes!』。そしてラ・ムーの『夏と秋のGood-Luck』。どれも夏という季節は暑苦しいだけでなく美しいのだ、ということを思い出せてくれる。

1984年の2ndシングル『SUMMER EYES』
写真7枚

そして鈴木雅之さんとのデュエット『渋谷で5時』。彼女の甘い声は、デュエットでも素晴らしく映える。

ただし聴くと歌うは別の話である。超おシャンティな歌であるため、カラオケだと一気に難易度が上がるのだ。サボることを「サボタージュ」。手をつなぎ、引っ張り誘導することを「手をナビゲート」。表現が限りなくシティだ。これを桃子チックにかわいく歌わねばならない。富士山レベルのハードルである。

一度だけカラオケ接待で歌ったが、あまりにも歌の世界観と自分がかけ離れ、いたたまれなくなった。「これなら『昭和枯れすすき』のほうがよかった(泣)」と声が自然と小さくなったのを覚えている。

鈴木雅之とのデュエット曲『渋谷で5時』(写真は1996年発売のマキシ盤)
写真7枚

ラ・ムーへの謝罪に続いて、カラオケの失敗話というよくわからない流れになってしまった。仕切り直そう。

彼女は今年デビュー40周年で、4月に記念EPをリリース。その名も『Eternal Harmony』。収録曲3曲、どれも素晴らしいが、特に『Starry Sky』が、透明感が神がかっているのでオススメだ!

ドラマでは年相応の役がちゃんとしっくりしているのに、歌手としてはアイドルオーラが今なおキラッキラ。菊池桃子さんは、様々な可能性を秘めた、まさにEternal(エターナル)、永遠に旬の桃。これからもずっとその歌声は、甘く心を癒してくれる。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
写真7枚

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。新刊『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

●【7月7日は「ドリカムの日」】『大阪LOVER』『朝がまた来る』も…届かない願い、叶わない夢も丸ごと包んで歌うDREAMS COME TRUEは“やっぱり強い”

●【パリ五輪開幕直前】ゆず『栄光の架橋』大黒摩季『熱くなれ』…オリンピックの歴代テーマ曲の“隠れた名曲”は「島谷ひとみ」、2024年はどんな注目曲が?

関連キーワード