
『M-1グランプリ2024』で準優勝したお笑いコンビ・バッテリィズ(エースさんと寺家さん)と、高校野球の世界を「球児の母」視点から描いた小説『アルプス席の母』で、2025年本屋大賞2位を受賞した早見和真さん。漫才界・小説界の“2位”同士が対面!「2位になった瞬間の率直な心境は?」「これからの賞レースにはどう臨む?」白熱した対談の一部を、写真とともにお届けします。
2位になり「腹が立った」「負けてるな」
早見和真(以下、早見)「実は今回、僕のほうから編集部に『バッテリィズと対談させてもらえないか』とお願いしました。というのも『賞が欲しい』という気持ちだけで小説を書いているわけではないのに、いざ本屋大賞2位の報せを聞いたら、なんだか急に腹が立ってきて(笑)。
せっかくだから“2位”にしかできないことをやりたいと思ったときに、バッテリィズのお2人が頭に浮かんだんです。掛け値なしに、去年のM-1で一番笑ったのがバッテリィズだったので」
エース「ほんまですか、嬉しいです」
早見「あの漫才のフォーマットってすごいですよね。エースさんは真剣におかしいと思うことを言っているだけだから、2人ともボケていない。そのフォーマットに視聴者が慣れていない去年は、やっぱり優勝のチャンスだったんでしょうか?」
寺家(じけ)「そうですね。『あそこで優勝できていれば楽だったのに』という気持ちは、日に日に増しています。
ただM-1当日は、その場ではっきりと『優勝は令和ロマンだ』とわかるくらいに差がついていた。テレビで見ていたらそんなに大差ないように見えたかもしれないけど、観客の笑い声の量が圧倒的に違いました」

早見「それは最終決戦の漫才ですか?」
寺家「そうです。だから結果発表の前には、ある程度覚悟は固まっていましたね」
エース「なんなら、漫才をやってる段階でもう『負けてるな』って思いました」
早見「へえー。お2人は、今年もM-1に出場するんですよね?」
エース「出ると言ったんで、出るつもりです」
早見「散々言われていることでしょうけど、バッテリィズは去年の決勝初出場で見せた驚きが強かった分、今年その印象を上回るのってかなり大変ではないですか? (2019年優勝の)ミルクボーイが決勝初登場で優勝できなかったら、翌年苦しかったのではと思ってしまいます」
寺家「たしかにそう見られているだろうと思います。
ただ、最近のミルクボーイさんの漫才を劇場で観ていると『この人たち、M-1に出続けていたら3連覇くらいしたんじゃないかな』と思うくらい、漫才が進化しているんですよね。それが僕らにとっての希望にもなっています。あんなふうになれたらなと」
早見「なるほど。その“進化”に向けた秘策はもうあるんですか」
寺家「まだ何もないです(笑)。でも僕のほうが、去年のままではあかんな、と思っています」

「目新しさ」も必要なM-1、今売りたい「面白さ」が求められる本屋大賞
寺家「M-1の奥深さは、『見たことのない料理の仕方』をして、自分たちのおもろさを見せなきゃいけないところ。昔からある漫才の形式でおもろい人たちも、いっぱいいるんです。ただ、そういう人らは、ことごとく準々決勝で落とされていく」
早見「ネタの内容だけでなく、手法としての目新しさが必要ということですね」
寺家「『競技性の高まり』とも表現できるかもしれないけど、僕はそういう深さに取り憑かれています」
エース「僕は『おもろいことがしたい』が一番です。だからM-1優勝だけを目指して必死な人らを見ると『何してんの? それおもろいか?』と思うのが本音。おもろいけど落ちるなんて、心が痛いですよ」
寺家「審査で勝ち上がるためにと、漫才の新しい形式をつくることに必死になっていくのが、エースは理解できないんよな」

早見「M-1はレジェンド芸人たちが審査員を務めていますが、その審査方法も影響しているのではないですか。小説の世界にも似たところがあって、レジェンド作家たちが選考する文学賞では『新しさ』や『驚き』が、ひとつの評価基準として重視されているように思います。
一方、そうした既存の文学賞へのアンチテーゼとして生まれたのが、本屋大賞でした。本屋大賞は全国の書店員の投票によって決まるため、読者と感覚の近い『面白い』『今、これを売りたい』という視点から選ばれているようです」
寺家「たしかにお笑いでも、観客が選ぶ賞レースだとまた傾向が変わりますね」
早見「一方、その時々で小説の“ムーブメント”のようなものはあって、たとえば今なら『同情を引けるお涙頂戴話』のほうが全体的にウケがいい、と言われたこともありました」
エース「ええ、そうなんすか。みんなその手にコロッと騙されるんちゃうん」
早見「僕が『アルプス席の母』を書いたのは、そうした流行りに対する反抗心があったからです。現実世界でこんなにみんなが、つらい、苦しいと言いながら生きているのに、小説の中でも苦しめてどうするのって。本くらいは、楽しくて、一気に読んでしまうようなものでありたい。
だから本屋大賞2位という結果は悔しいんですけど、純粋に面白さを追求して書いたものが評価されたのは、希望でもあると思っています」