
健康を維持するためには、栄養や休養だけではなく「運動」も重要な要素の1つ。WHO(世界保健機関)も厚労省もすべての年代の人に運動を推奨しており、年を重ねて運動習慣が減ってからは、毎日意識的に運動の機会を設けている人も多いだろう。
だが、運動なら何でもいいわけではない。ものによっては、やればやるほど健康を損なう“危ない運動”や、いくらやってもムダになる“無意味な運動”もある。日々患者の体と向き合う整形外科医が「自分では絶対にやらない」「患者にもすすめない」運動を明かした。
筋トレは年齢ややり方ではリスクにもなる
スポーツをする習慣はなくても、健康維持のためにジムや自宅での筋トレをしている人は少なくない。だが筋トレは、年齢ややり方によってはリスクにもなる。松浦整形外科内科院長の井上留美子さんは閉経前後、それまで続けていた加圧トレーニングを卒業した。
「加圧トレーニングは血流をコントロールしながら筋肉に負荷をかけて行うので、短時間で高いトレーニング効果が得られる半面、静脈弁に大きな負担をかけます。閉経前後はホルモンバランスの変化から静脈瘤(りゅう)が起きやすいので、やめることにしました」
かねてより筋トレに励んでいた井上さんだが、「懸垂」はどうしてもできないと話す。
「初めてチャレンジしたとき“きちんと体ができていないのに、懸垂なんて続けたら絶対に肩を痛める!〟と感じ、それ以来“私には無理!”と考え、していません」(井上さん)
懸垂のほか、ダンベルのように重いものを持ち上げたり、力んだりする運動は、肩まわりの筋肉や関節を痛めやすい。中山クリニック院長の中山潤一さんは座った状態で両脚でプレートを押し出す「レッグプレス」で腰を痛めて以来、現在はやめているという。

「脚の筋肉を鍛えるのはダイエットに効果的なので、つい高重量の負荷をかけたレッグプレスをして、2回も腰を痛めてしまったことがあります。インストラクターなどの指導がついていれば別ですが、個人ではつい無理をして、ヘルニアなどを招きかねないと思います」(中山さん)
筋トレはつい「何回こなせるか」ばかりを意識してしまうため、1回ごとのスピードが速くなりやすく、それが筋肉や関節を痛める原因になる。戸田整形外科リウマチ科クリニック院長の戸田佳孝さんが言う。
「筋トレをするなら、動かしている筋肉を意識しながら、自分が出せる筋力の8割くらいを心がけ、ゆっくりと動作を行うこと。近年は、限界に近づくまで追い込んでも、余力を残して目標回数より5回ほど少なく終わっても、筋力増強の程度は変わらないことがわかってきました。筋トレで無理をして〝限界を超える〟必要はないのです」
また、筋トレを毎日するのも体のためにはならない。

「トレーニングで傷ついた筋肉が回復するには48〜72時間ほどかかるので、同じ運動は3日に1回の方が望ましい。また、筋トレによって分泌される成長ホルモンは夜の方が出やすいので、どうせ鍛えるなら、朝より夜がおすすめです」(戸田さん)
中山さんも、早朝はジョギングなどの運動はしないと話す。
「朝起きてすぐは体内の水分が少ないため、そのまま走ると脱水が進んで脳梗塞や心筋梗塞のリスクが上がります。私が走るのは必ず水分と朝食を摂ってから。
仕事が忙しく、どうしてもジムに行くのが遅くなってしまう日も少なくありませんが、夜遅すぎる時間帯の運動は避けています。運動によって交感神経が興奮して寝つきが悪くなるため、寝る2時間前はジョギングも筋トレもしません」(中山さん)
「開脚」が危険かつ無意味な理由
井上さんは、健康のためには「有酸素運動」「筋トレ」「ストレッチ」の3つをバランスよく取り入れるのが重要だと説く。どれか1つだけに偏っていては、かえって健康を損なう恐れがある。
「例えば、いくらトレーニングで筋肉量を増やしても、有酸素運動の習慣がなければ血液循環がよくならない。同様に、ストレッチを怠って関節の動きが悪くなっていると、どんな運動をしても体を痛めるリスクが上がります」(井上さん)
日常生活でのけがのリスクを下げるためにも、ストレッチの習慣はつけるべき。だが井上さんも中山さんも「開脚」は危険かつ無意味だと話す。
「年を重ねるほど、関節のやわらかさは個人差が大きくなります。ストレッチで関節を動かすときは、自分の可動域を大きく超えるような動きをしてはいけません。180度開脚を目指すなどもってのほかです」(中山さん)

ヨガやピラティスの教室など、参加者が集まって一斉に行う場合は特に注意が必要だ。
「一見ゆるやかな運動に思えますが、逆立ちのポーズなど、体ができていないと大きな負担がかかるポーズも少なくありません。“ほかのみんなはできているから”と無理をして首や肩を痛めることもあるので、通っているなら、時には“できません”と言える勇気を持ってほしい。私も通っていますが、無理だと思うポーズははじめからやりません」(井上さん)