
戦後80年を迎えた今年、昭和、平成、そして令和への時代の移り変わりを改めて実感した人は多かっただろう。経済成長を果たし、利便性や技術発展で私たちが得たものは大きいが、果たして失ったものはなかっただろうか。古き良き日本の暮らしにあった土や木を大切にし、自然に根づいた体験から環境問題を考える――。そんなユニークな取り組みに密着した。昭和初期に建てられ戦火をくぐり抜けた奇跡の「登録有形文化財」で、子供たちが木と対話し緑と触れ合い、創造力を高め、命を吹き込む新時代の学び「モリキャラ×LABO」を紹介する。

自然、SDGsを学び、未来の可能性を広げていく
今年8月、5日間にわたって行われたワークショップ(体験型の集まり)『モリキャラ×LABO』には小学1~3年生が40名以上が参加した。
東京大学大学総合教育研究センターの協力で「ESD」(※Education for Sustainable Development=持続可能な開発のための教育)の理念を核とした自然との接触や協働的学習を通じて21世紀型能力養成を目指す教育プログラムとして展開。主催したのは都市緑化を専門にする東邦レオ株式会社だ。駅の再開発や大規模商業ビルの建設において緑化を担い、土作りから行っている。2023年にも前進となるLABOが群馬県前橋市で開催され話題に。代表の吉川稔さんが言う。
「人口減少が続く地方では自然が野ざらしにされ、都市部ではなかなか樹木に触れる機会がないといわれます。それでも、周りを見れば実は一本の木、一枚の葉っぱにも違いがある。そうした自然への興味関心のきっかけ作りになったかなと思います」
プログラムでは、昔ながらの庭園を管理、剪定してきた庭師とも触れ合った。

「庭師という仕事自体、いまの小学生はほとんど知りません。石を動かし、庭木を整える彼らの仕事に触れることは未来の可能性を広げることにもつながります」(吉川さん)
最初は緊張していた子供たちも、初めての体験にみるみる夢中に。学校の勉強では得られない体験、出会いはかけがえのない知的経験として夏休みの思い出になったはずだ。
【DAY1】「木のお医者さん」と樹木を観察してみよう
樹木の健康診断や治療、保護などを行う樹木医は全国に約3000人。この日は樹木医の田中克奉さんと街路樹や周辺の緑地を観察!


サーモグラフィーカメラを使って木の温度を確認したり、葉の茂り方をチェック。

外を歩きながら、ビンゴカードとともにいろいろな木を探索。「ざらざらする木はこれかな」「セミの抜け殻発見!」「こけってなに?」と子供たちは興味津々。


昼食は毎日、九段ハウス内のキッチンでフードコーディネーターが手作り。鮭、卵焼き、おひたしなど栄養たっぷりのお弁当に「おかわりほしい!」の声が続々。


【DAY2】ロープを使って木に登り大きな石を持ち上げる!
2日目には庭師と一緒に、九段ハウスの庭を散策。木の状態を確かめるためにロープにぶら下がっての木登りに子供たちは大興奮。

わらや竹、葉を食器にして茶会を体験したり、昔ながらの道具を使って石を持ち上げるなど汗びっしょり。

木を植えるのも庭造りのひとつ
庭の景観を見ながら、木を植えるチームも。苗木の種類や大きさもさまざまで、どれを植えるのがいいか真剣に吟味。

【DAY3~5】5日間を終えて「認定証」が授与
木の観察や庭の手入れのほか、3日目や4日目には自分だけの森のキャラクターを作ったり、グループごとに学びを共有したりと多岐にわたるプログラムを実践。5日間を“完走”した子供たちには最終日に認定証が授与された。


昭和初期に建てられた文化財が「人と人」との交流、創造の場に
「モリキャラ×LABO」の舞台となった九段ハウスは、歴史的建築として知られる「旧山口萬吉邸」(東京都・千代田区)をリノベーションし、会員制ビジネスイノベーション拠点として保存、活用されている。

山口萬吉邸は現在の新潟県長岡市に位置した刈羽郡小国の豪農だった山口家の5代目が小間物商で財を成し、私邸として昭和2年に建てられた。当時では珍しい鉄筋コンクリート造3階建地下1階の洋館で耐震性や意匠にもこだわり抜いたとされる。
東京大空襲など戦火をくぐり抜け、高度経済成長期の土地開発に巻き込まれることもなく姿を保ち、2018年に登録有形文化財に登録。山口萬吉が込めた思いを継承し、当時の設備や調度品を可能な限り残しながら再設計されて生まれたのが九段ハウスだ。


近代建築の始祖であり都心の真ん中にありながら木々に囲まれた庭園を持つこの場所から、今後も社会貢献活動やイベントを通じて継承すべき伝統や文化が発信されるだろう。
撮影/玉井幹郎
※女性セブン2025年9月11日号