
「月に約6万9000円」は、令和7年度の満額の基礎年金額だ。これだけでは「老後資金」としてはあまりに不充分だろう。厚生年金があれば、平均額では女性約10万3000円、男性約16万5000円になるが、それでもまだ「ゆとりある老後」を送るには心許ない。公的年金を増やすには、受給を遅らせる「繰り下げ」が最善だと喧伝され、それは年金受給の“常識”のようにすらなっている。だが、そこには意外な“罠”が隠されていることを知っているだろうか。
最大のリスクは「もらえず死ぬこと」
原則65才から受給が開始する公的年金は、受給を1か月遅らせるごとに0.7%ずつ増額される。70才まで繰り下げると142%、最大の75才まで繰り下げればなんと184%にまで増やすことができる。だが、増額に目がくらんで繰り下げすぎては大損すると、「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんは言う。
「もっとも大きなリスクは、繰り下げている間に亡くなってしまうこと。受給開始前に亡くなってしまったら当然、1円ももらえません。“年金を繰り下げて後悔した人はいない”といいますが、後悔する前に亡くなっているのです」
年金を繰り下げて受給を遅らせるほど、人生の残り時間は短くなり、亡くなったり認知症になったりするリスクが上がる。
「年金の請求書は、65才の誕生日の3か月前に届きます。そこで請求せず放っておき、“もらいたい”と思ったタイミングで請求することで、繰り下げ受給が成立します。
ですが認知症などで判断能力を失っていたら、請求自体を忘れてしまい、年金をもらえないままの可能性もあります」(北村さん)

たとえ無事に繰り下げ受給を開始できたとしても、認知症になっていては、受け取った年金を有意義に使うのは難しいだろう。
さらに心配なのは、年金を繰り下げて、受給が始まるまでの間の収入がゼロになること。社会保険労務士の井戸美枝さんは「繰り下げている間の生活費を賄えなければ、いくら受給額を増やせても意味がない」と話す。
「65才までは働いて賃金を得ることができても、それ以降の生活基盤となるのは年金です。それまでの貯蓄を取り崩して計画的に使って暮らすのは不可能ではありませんが、計画通りにはいかないことも多い」
繰り上げは1か月単位で調整できる一方、繰り下げは66才からで、1か月単位の調整ができるのは66才以降のため、少なくとも1年分は生活資金を用意しておく必要があるのだ。充分な貯蓄があれば繰り下げ中の生活も苦しくはないが、出費は少なくはない。
「内閣府の調査では、高齢者の1か月の生活費は単身なら約13万円、夫婦なら約22万円です。70才まで5年繰り下げるとすると、5年間で単身800万円前後、夫婦で1300万円前後必要になる計算です。生命保険の満期が来るなど、かなりまとまったお金がなければ、繰り下げている間は生活が苦しくなる可能性があります」(北村さん)

※女性セブン2025年9月11日号