
「介護という介護をしないまま両親を見送ったから、亡くなる全過程に添うことを看取りというなら、私はしてないに等しいんです」
そう語るのはノンフィクション作家の井上理津子さん(70才)。2008年に79才の母が肺動脈血栓塞栓症で急逝し、同年、まだら認知症だった84才の父が後を追うように亡くなった。
「あまりに急で何も心構えがないまま両親を見送りました。ただ、臨終まで長い日々を共有したとしても後悔は残るだろうし、合格と不合格をきっちり分けられない気はします」(井上さん・以下同)
それでもICUで意識が戻らないまま心臓が動いていた母に向かい、3日間語りかけたことは覚えている。
「不思議なことに普段思い出さないような記憶がポロポロと出てきて、奈良の実家の裏庭をチューリップ畑にしたことや生後1か月の娘を母がリーガロイヤルホテルに連れて行ったことなどを語りかけました。もう耳は聞こえなかっただろうし、いま思えば、母を思ってというよりも、娘としてあふれる思いが口をついて出ていただけかもしれませんが、話し続けました」
あれから18年、母が亡くなった年齢に近づき、「予期せず死ぬのも悪くないかも」と思うようになった。

「近しい人が亡くなることが増え、死が身近になってきました。自分のいい加減な人生を振り返ったら、このままポーンといなくなるのもありじゃないかって。生前の母も“ポックリ逝きたい”と語っていたんです」
いよいよの瞬間が近づいたとき、井上さんは「手厚いケアだけが看取りではない」とも語る。
「先月、母親を亡くした2つ下の友人は危篤の知らせがあった日にチケットがなかなか手に入らない歌舞伎の公演があり、“母が行ってらっしゃいと言ってくれる気がした”と観劇を優先して、翌朝に帰省しました。私も友人と同じで、臨終前後の場にリアルにいることだけがいい看取りではなく、一人ひとりのやり方があると思います」
そんな彼女が望むのは、こんな看取られ方だ。
「10才年上のがんの友人を見舞ったら、病室で彼女と50才くらいの息子さんが親子げんかを始めて“家行ってアレ取ってきてよ”“あの汚い家入らなあかんのか”というやり取りが漫才みたいですごく楽しそうだった(笑い)。その友人は回復し、退院しましたが、病床でも言い争える関係性がすてきだなあと。私も“お母さんありがとう”なんて言葉はいらないから、子供といつものようにバトりながら旅立ちたいと思います」
※女性セブン2026年8月20・27日号