
傘寿を過ぎてもなお圧倒的な存在感で作品に“君臨する”大物俳優。そんな彼が体に不調を覚えたのは、夏の暑さが本格的になる頃だった。芸歴70年で初めて訪れた緊急事態に、頭をよぎった盟友との約束。葛藤の末に、彼が下した決断とは──。
降りしきる秋雨が深い静寂をもたらした9月中旬の昼下がり。都内の住宅街に門を構える寺院の境内に、1台の高級車が滑り込んだ。
車の後部座席から降り、ゆっくりとした足取りで歩を進める喪服姿の男性は、俳優の北大路欣也(83才)。この日、寺では1999年と2001年に相次いで亡くなった北大路の両親の法要が執り行われていた。雨の中でふと立ち止まり、本堂に視線を向ける北大路。その横顔には、どこか張り詰めた覚悟のようなものがにじんでいたという。
「ひと様に迷惑をかけないように静かに老後を送りたい」
今年、芸能活動70周年の大きな節目を迎えた北大路。3月に受けたインタビューでは、自身の境遇を主演時代劇シリーズ『三屋清左衛門残日録』の主人公に重ね合わせ、達観した胸中を明かしていた。2月の誕生日には、ドラマの共演者から花束を贈られ「ぼくは本当に幸せです」と目を潤ませ、「今後も精進したい」と前向きな抱負を語っている。
穏やかな日々が一変したのは7月下旬のことだった。
「北大路さんが急に体調不良を訴えて、大学病院で診察を受けたところ、入院することになったのです。入院期間は3週間と長期になりましたが、経過は順調。ただ、大事を取って年内は芸能活動を休止することになったと聞いています。現在も自宅療養を続け、来年以降の復帰を目指してリハビリに努めているそうです」(映画関係者)
時代劇のトップスターとうたわれた父・市川右太衛門の背中を追って、北大路が銀幕の世界に足を踏み入れたのは13才のとき。以来、2022年に新型コロナウイルスに感染したとき以外は、休むことなく第一線を走り続けてきた。
「心身の強靭さは映画界でも語り草になっています。1977年公開の映画『八甲田山』で猛吹雪の中の過酷なロケを耐え抜いたエピソードが有名ですが、スタッフが次々と熱中症で倒れた灼熱のボルネオロケを完走したり、氷点下26℃のアラスカで凍りついた川に飛び込んだ経験もある。北大路さんはそうした過酷な日々さえも『すべてが自分の血肉になった』と笑い飛ばし、現場で汗を流すことに役者としての喜びを見出していました」(前出・映画関係者)
これまで病気による長期離脱とは無縁だった北大路にとって、今回の休養は異例の事態。生涯を現場に捧げてきた名優にとっては身を切るような選択だった。
「何よりも無念だったのは、70周年の集大成として進めていた映画の出演を断念せざるを得なかったことでした。北大路さんは来年公開予定の話題作『腹をくくって』に重要な役どころでキャスティングされ、すでに出演が告知されています。しかし、10月のクランクイン前に降板を申し出たことが、スタッフやほかのキャストに通達され、関係者の間に動揺が走っています」(別の映画関係者)
北大路が出演する予定だった『腹をくくって』は、“最後の活動屋”と呼ばれる日本映画界の巨匠・木村大作監督が、山本周五郎の短編に着想を得て描く時代劇の巨編。木村監督を尊敬する山崎賢人や松山ケンイチ、松田龍平ら豪華な俳優陣が出演することでも大きな話題を呼んでいる。
「北大路さんと木村監督は不朽の名作『八甲田山』で苦楽を共にした“戦友”同士。カメラマンとして命懸けで現場に挑んだ木村さんと、北大路さんは過酷な現場で時にはぶつかり合い、励まし合って作品を作り上げたそうです。後年、北大路さんは木村監督に最大限の敬意を表し、木村監督もまた北大路さんの役者魂を誰よりも認めていました」(前出・別の映画関係者)