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華やぐクリスマスに“そうじゃない人たち”の切なさ歌う辛島美登里『サイレント・イヴ』 雪のように降る美しい“冬声”は健在

「切なさ」を歌うクリスマスソングもいい(Ph/イメージマート)
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クリスマスに欠かせないものといえば、ケーキにプレゼント、気の置けない仲間や家族とのパーティー、恋人同士のロマンチックなデート……そして、雰囲気を盛り上げる「クリスマスソング」でしょうか。数あるクリスマスの“定番曲”のなかでも、ライターの田中稲さんが注目するのは、1990年代、透明感のある切ない歌声で一世を風靡したあの曲です。

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クリスマスは、分かりやすく近づいてくる。

街には、毎年定番の『恋人たちのクリスマス(All I Want for Christmas Is You)』が流れ、近所にあるショッピングモールには、ツリーやサンタクロースのオブジェが飾られる。

が、慣れ過ぎたのだろうか。それを見てもテンションはさほど上がらず、「そういえばクリスマスだったっけ」という程度にしか、心が反応しない。そんな自分が寂しい。

そもそも現在、クリスマスというイベントが、どのくらいの熱さをもって世間に見られているのだろう。2000年後半からイベント王者の地位をハロウィンに奪われ気味、という印象がある。

いよいよクリスマス当日が近づいてきた(Ph/イメージマート)
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大好きだったクリスマスソングは覚えている

以前ある雑誌で、数十年間のバックナンバーを振り返る「記事でタイムトラベル企画」に参加したことがあるのだが、1980年代後半から1990年代のクリスマスの盛り上がりに驚いたものである。一流シェフが腕をふるう豪華すぎるクリスマスディナー、ティファニーのアクセサリーを中心とした、恐ろしいほど高いプレゼントのオススメ記事。ホテルの予約は1年前から埋まり、まさに恋人たちの勝負時——。

多くのミュージシャンにカバーされるクリスマスの定番曲になった
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ちょっと待て。私も、当時は10代後半から20代というピチピチ年齢だったはずだ。しかしクリスマスをどう過ごしたか、記憶がまったくない! いったい、なにをしていたのだろう。雑誌を見ながら、遠い目になったものである。

どう過ごしたか記憶はないが、当時大好きだったクリスマスソングは覚えている。「雪が降る音ってこんなんじゃないだろうか」と思うような、独特な歌声の歌手が歌っていた、切なくも、芯の強さを感じる曲。しずかで、キラキラとしていて、寂しいのだけれど、「一人のクリスマス」を肯定してくれる歌。

もうお分かりの方も多いだろう。そうです、その曲です。今、まさにこの瞬間も、頭の中に響いている。辛島美登里さんの『サイレント・イヴ』である。

聴くと、空を見上げたくなる

『サイレント・イヴ』はまさに、クリスマスが恋人たちの一大イベントだったバブル期後半、1990年の楽曲である。

初めて聴いたとき、声を手のひらで受け止めたくなった。♪「まっ」「しろな」……「こな」……「ゆき」(真白な粉雪)♪と、言葉と声が、小さな粒を作り、ホロホロと発光しつつ降ってくるのだ。それは、美しいを通り越して、ちょっと涙が出てくるくらいの繊細さ。それがサビにいくにつれて、意志の強さに変わっていくのだ。

『サイレント・イヴ』は自身最大のヒット曲に(写真は1995年、Ph/SHOGAKUKAN)
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この楽曲は、仙道敦子さんと吉田栄作さん主演のトレンディドラマ『クリスマス・イヴ』(TBS系、1990年)の主題歌だった。しかし辛島さんは、楽曲制作のオファーを受けたときからトレンディじゃない、切ない歌を書こうと思い、この『サイレント・イヴ』ができたという。

2012年に配信された『歌ネット』のインタビュー記事では、〈当時、まだバブルの時期で、女の人はティファニーのリングを買ってもらって、男の人はホテルを一生懸命予約してって、それが普通だった頃なんですけど、「それは違う…」ってずっと思ってたんです。「そういう人たちもいるかもしれないけど、そうじゃない人たちも、きっと沢山いるはず…」って思ってたんです〉(「大人の歌ネット スペシャルインタビュー第20回」よりhttps://www.uta-net.com/user/otona/otona_interview/1210karashima1.html)と語っている。

私も、当時のクリスマスの記憶がないので、彼女の語る「そうじゃない人たち」側だったはず。でも、この曲がひたすら心に残っているのは、共感だけではない。とてもロンリーで切ない曲のだが、聴いたあと、不思議なサッパリ、シャッキリ感があったからだ。ひとりで泣いて、そこから前を向ける清々しさ。これになんとも憧れた。

もうリリースから33年も経ったけれど、今もこの曲は私の心の奥にしっかりあって、出番待ちをしている。そしてイルミネーションやクリスマスデコレーションで飾られる時期になると、♪「まっ」…「しろな」…「こな」…「ゆき」……と、彼女の歌声がそのまま解凍され、聴こえてくる。まさに辛島美登里さんは、私の“冬声”なのだ。

どんな暖冬でも、『サイレント・イヴ』を聴くと、襟元をつまんで首元の風を封じ、「ああ、雪の季節だね」と空を見上げたくなるのである。

1995年、『愛すること』で第37回日本レコード大賞作詞賞と優秀作品賞を受賞した(Ph/SHOGAKUKAN)
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2024年は歌手活動35周年

辛島美登里さんは来年2024年に歌手活動35周年を迎える。3月から4月にかけては、35周年コンサートツアーが愛知、兵庫、東京の3か所で予定されている。彼女のYouTube公式チャンネルでは『サイレント・イヴ』はもちろん、ドラマ主題歌の『あなたは知らない』(1992年)、『愛すること』(1995年)など、数々のヒット曲を聴くことができる。ここ数年のコンサートの様子もアップされていて、繊細で儚く、同時にビクッと体が反応してしまうほど強くもある、不思議な声も健在だ。

今年は早くも彼女の歌声のおかげで、心は真っ白な雪景色だが、リアルに年末の天気はどうなるのだろう。北国や山間部以外でも雪が降るのだろうか。雪というものは、歌やドラマの世界ではうっとりするほど美しいけれど、現実的に降られるとなかなか面倒である。

天気予報を見ると、12月下旬はクリスマス寒波がくるそうだ。

気を付けて、良い年末になりますように。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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