人の心には必ず松山千春が一人住んでいる
50代以上のカラオケでは、松山千春ソングは欠かせない。愛することに疲れた女の歌、旅立ちに迷う青年の歌、故郷へのリスペクトの歌などなど、彼の歌は、誰の心にも覚えがあるシーンが描かれている。人の心には、必ず松山千春が一人住んでいて、マイクを持つと、己の経験と絡み合い、息せききったように歌ってしまうのである。
だから一人が歌えば、「じゃあ俺も千春」「私も千春」と続き、結果、松山千春祭りになることも多い。人気曲『銀の雨』『時のいたずら』『恋』は争奪戦だ。私も一人カラオケでは必ず彼の曲を1曲入れ、彼のマイクを口角に置いて歌うクセを真似し、悦に入っている。
『大空と大地の中で』は、CMで聴いていた時は、青い空、風になびく草がどこまでも続く美しい風景ばかりを想像していた。ところが実際にフルで聴き、さらに自分で歌ってみると、北国の厳しさもしっかりと描かれていることに気づく。
この歌は、松山千春さんが、酪農を営んでいたが、その経営が難しくなっていた友人に向けて作った歌なのだという。
そして、いつの時代もいろんな場所で、北国の大空と大地=社会に置き換えて、多くの人に届いている。
私も毎回、「踏ん張ろう。強い北風が吹こうとも、毎年、その大地に野の花は咲くのだから!」というこの歌に自分を重ね、力をもらうのだ。
なんと、小芝風花さんの「風花」という名前は、この曲が由来なのだとか。彼女の母親が「世間の冷たい風に吹かれても、小さくていいからしっかりと根を張って生きてほしい」と思いを込めて命名したそうだ。
小芝風花さんの御母堂と心で握手をしてしまった。ナイス、ネーミング……。
「これからの人生が素晴らしいことをお祈りします」
2017年8月には、松山千春さんが搭乗していた全日空機の出発が2時間近く遅れ、乗客の不安や不満を少しでも解消すべく、自ら申し出て『大空と大地の中で』を機内で歌った、という出来事があった。
その行動も粋だが、歌唱したあと付け加えた挨拶が、また素敵であった。
「皆さんのご旅行が、また、これからの人生が、素晴らしいことをお祈りします」
これは、松山千春さんが歌で伝えたいこと、そのものなのかもしれない。
松山千春さんは、2024年4月に84thシングル『友よ』を発売。現在68歳、やさしく包容力のあるハイトーンボイスはそのままだ。
現在は「松山千春コンサート・ツアー2024『友よ』」のクライマックス。6月26日、27日の公演はカナモトホール(札幌市民ホール)、彼のホームである北海道で開催される。
「俺は喉で歌わず魂で歌うからタバコはやめません」など、鼻息の荒い発言でも有名だが、もうそのまま、ずっとずっと歌い続けてほしいと思うのである。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。新刊『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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