
行きすぎたクレームが、役所や病院、スーパー、飲食店、コールセンターなどの従業員をうつ・休職へ追い込むカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が社会問題となっている──。この4月、東京・世田谷の飲食店で食事をした中年男性が会計ミスに激高。大声と暴言で店員に土下座を強いる姿が周囲の人々によって撮影され、SNSに投稿・拡散され話題になった。
カスハラとはどんな行為を指すもの?
「この、やりすぎた男性は、個人情報が晒され、社会的信用も失墜しました。これは、周囲の人たちがSNSによってカスハラを懲らしめるという、時代を象徴する騒動になりました」
そう話すのはクレーム研修専門家の津田卓也さんだ。
そもそもカスハラとは、どんな行為を指すものか?
最新調査(別掲グラフ)では「暴言」がダントツで、「威嚇・脅迫」などの行為が続く。その推定年齢は60代、50代、70代の順で多かったという。

「これらの行為が後を絶たないことから、カスハラ被害者は昨年から労災申請の対象となりました。
また、企業がカスハラに苦しむ労働環境を放置した場合、安全配慮義務違反で、従業員が会社を提訴できるようになりました。東京都では今秋に全国初のカスハラ条例を制定すべく動き出しており、各所で対策が進んでいます」(津田さん)
ハラスメント専門家の村嵜要さんは、昭和・平成・令和のクレームの違いについてこう語る。
「昭和や平成は、口うるさい男性がプライドや経験値を誇示するために怒っていた印象があります。しかしいまは、インターネットやSNSへの書き込みで他者を巻き込みながら攻撃しており、20〜30代の加害者も増えてきています」
以下載図のように正当な要求と犯罪行為の間には、要求方法が行きすぎたグレーゾーンが存在する。

「誰もが、自分がカスハラ加害者になるとは思っていないと思いますが、実はいつなってもおかしくない。なぜなら、『理不尽、質が悪い、不当』などと相手が感じたら、それがカスハラ行為になるからです」(村嵜さん)
「お客様は神様です」は、遠い昔の話。いま一度、消費者としての振る舞いを見直すべく、カスハラの実例をもとに、村嵜さんと津田さんの2人の専門家に、その問題点を指摘してもらった。
【実例1】暴言
コンビニのレジで釣り銭を間違えた若い店員に、60代後半と思われる女性が、「お前、バカか。ミスしたんだから、ふつうもっと頭下げない?」と迫り、謝る店員に向け、さらに「私は客よ。その無愛想な顔は何なの? 使えないわね、まったく」と捨てぜりふを吐いて立ち去った。

村嵜さん:お釣りを間違えた店員に対して、「釣り銭は間違わないように気をつけてもらわないと困る」と言う程度なら、事実の指摘なので正当なクレームです。しかし、「お前」や「バカ」など不適切な言葉を使ったこと、さらに、客であることを振りかざした“暴言”を言った時点で、カスハラとなります。
そもそも、欲しい商品をコンビニで購入できれば目的は果たせているのに、店員に愛想のよさまで求めると、「このくらいのサービスをして当たり前」という上から目線の持ち主だと見なされます。
津田さん:正当な理由なく、店員に「バカ、タコ、ブス、使えない」などの言葉を使うのは、侮辱罪に該当する可能性があります。これらの行為を執拗に繰り返すと、威力業務妨害罪(刑法234条)に該当する可能性も出てきます。
【実例2】威嚇・脅迫
飲食店のレジでシステム障害が発生。電子マネーでの支払いができないことがわかると、男性客が店員に「迷惑料を払え」と迫ってきた。それを丁寧に店員が断ると、いきなりスマホで店員の顔や店内を撮り始め、「SNSやネットの口コミサイトにアップして、低評価を書き込むぞ」と威嚇し始めた。

津田さん:ここでのポイントは、店側からは申し出がないのに、客側が金品を要求したこと。カスハラになります。
村嵜さん:システム障害は店に責任があるとは限らず、「迷惑料を払え」と命令口調で店員に言うのは立派なカスハラです。
SNSや口コミサイトへの低評価の書き込み行為についてですが、無断で撮影し、SNSなどにあげた写真や動画で個人が特定できると、肖像権侵害にあたります。撮影時に虚偽・差別表現・脅迫・誹謗中傷があれば、訴えられることもあります。
津田さん:「低評価を書く」と威嚇するだけでも、脅迫に当たる可能性があります。名誉毀損は、不特定多数から共感を得ようとする行為が“表現の自由”の範ちゅうを超えるか否か、自分や仲間内だけで情報を留めておくか、不特定多数を巻き込んで攻撃するか、その違いが境界線になります。
◆教えてくれたのは:
津田卓也さん/クレーム研修専門家。セミナー&研修会社キューブルーツ代表。近著に『カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本』(あさ出版)。
村嵜要さん/ハラスメント専門家。日本ハラスメント協会代表理事。さまざまなハラスメントについての研修のほか、テレビや新聞などでも解説。
取材・文/北武司 イラスト/たまだまさお
※女性セブン2024年8月1日号