
2025年となり、ライター歴46年を迎えたオバ記者こと野原広子(67歳)。年を重ねてきて、次第に歩くことが億劫になってきたという。オバ記者が自身の経験を踏まえて「歩くこと」について改めて考察する。
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道を歩きながら「パワハラ?」
道を歩きながら「パワハラ?」と思うことってないですか? たとえば前をのろのろ歩いている同世代の人を追い抜かそうかどうか迷う時。ほんとに急いでいるならそんなこと考えないけど、余裕があるとムダなこと考えるのよ。
というのも、抜かれる側になるとすごくイヤだから。40代、50代の人なら「若さを見せつけたいわけね」とすねるくらいで済むけど、同世代がタッタッタと軽く追い抜いて行ったりすると「ケッ、無理しちゃって、何よ!」と背中を睨んだり「他人を力でねじ伏せるのをパワハラって言わない?」と憎んだりして、気持ちが忙しいったらないんだわ。
そんなわけで人を追い抜きそうになると、ん? 私、これからすごくイヤなことをしようとしてる?とためらうわけ。
だけどこれが痩せて筋肉質で、いかにもアスリート体型だと同世代でも怨みも妬みも湧かないのはどうしたことか。あなた、努力の人。私、怠惰な人と瞬時に割り切るから? まぁ、それはそれで情けない話だけどね。

あと階段。階段では“追い抜きパワハラ”なんて考えもしない。追い抜いた人の年齢すら考えない。階段は精神統一して臨む修行の場だもの。こんな私だけど昔は階段を上り下りしながらバッグから何か取り出したり、出始めた携帯電話で誰かと話したりしてたんだよね。走って下りたりもしてた。今、そんなことしたら即、大事故だよ。
股関節が痛くてたまらなくなり…
思い返せば私が脚に異変を感じ始めたのは40代後半からでね。その頃からホットフラッシュとか倦怠感とか、いろんな更年期症状が出てきたけど、歩くスピードが極端に遅くなったのは予想外だった。股関節が油が切れた機械みたいにキシキシして動かすと痛くてたまらなかったのよ。「えっ? あんた、そんなに歩くの遅かったっけ?」と前を歩いていた10歳上のK子さんに振り返って言われた時のことは今でも忘れられない。

幸い股関節のキシキシは、人からすすめられたサプリメントが効いたのか、はたまた更年期障害が遠のいたからかわからないけど、いつの間にか消えた。けど、だからといって40代半ばの脚には戻らないんだよね。53歳のときに『女性セブン』の企画で山岳ガイドつきで富士登山をしたけど、あの時すでに二度と登れる気がしなかったもんね。
もっといえば長いこと、酒にタバコに徹夜麻雀という自堕落をしたせいで、50代後半には心房細動や不整脈というシャレにならない心臓のトラブルまで引き起こした。そうなると動悸、息切れを起こす階段がこわくなるのよ。遠回りしてもエレベーターやエスカレーターを使うようになる。心臓のほうは薬を飲み始めたらほとんど発作を起こさなくなったけど、問題は怠け癖がついた足をどう動かすか。
それで先日、かかりつけ医のT医師に、階段上りはしたほうがいいか、心臓のために避けたほうがいいか、前からの疑問を聞いてみたの。そうしたら「息が切れたら休んでまた上ればいいんですよ」と明快な答え。それを聞いてから駅の階段を見ると「行け! トライ!」と自分をけしかけている。
小学生と歩いていると元気になる

話は変わるけれど先日は久しぶりに茨城の小学6年生を国会案内した。国会議事堂は横幅206メートル。敷地も半端なく広いし、昭和初期の建物だから天井が高くて階段で3階まで上がると、マジやばい。それでもおかしなことに小学生の一団と歩いているとなんか元気になるんだよね。生物の育つ勢いとか、小学生独特の日向くささがアラコキ女にはこれ以上ない活性剤なのかもね。
別れ際に「ありがとうございました〜」といっせいにお礼を言われたけど、正直、得しているのは67歳の私のほうだと思う。

国会見学の後のお楽しみは、職員専用のそば屋さんに行くこと。作業着を着たメンテナンス工事の人とピンヒールの議員秘書と、どこかの省庁の官僚と金パッチの国会議員が狭くて簡素な食堂で黙ってそばをたぐっている光景なんて、日本中探してもないんじゃない?

◆ライター・オバ記者(野原広子)

1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
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