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《独占・劇団四季『アラジン』誕生秘話も》ジーニー役俳優が明かす「記念受験だった」オーディションと子どもに泣かれたとき【ディズニーミュージカル30周年記念】

上演10周年を迎えた『アラジン』。ジーニー(中央左)役が舞台裏を語る(撮影/荒井健)(C)Disney
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 2015年から30年にわたり、ディズニーミュージカルを上演、計7作品で3200万人以上を動員してきた劇団四季。『女性セブンプラス』では、大ヒットロングランの舞台裏を独占で徹底取材! 今回は『アラジン』から、ランプの魔人・ジーニー役俳優が語った舞台裏、そしてゴージャスな衣裳についても、本誌では掲載しきれなかった情報を盛り込んだ完全保存版で公開します!【前・中・後編の前編】

【インタビュー】ジーニー役・瀧山久志さん「毎回、綱渡りの応酬を心がけています」

ジーニーのように長い髪を束ね、おしゃれな私服姿でインタビューに望むジーニー役の瀧山久志さん
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 舞台は、砂漠に囲まれた神秘と魅惑の都・アグラバー。魔法のランプを手にした貧しい青年アラジンとアグラバー王国の王女ジャスミンの冒険と愛を描いた『アラジン』は、2015年の開幕以来、いまなお熱い人気を誇る。

魔法の洞窟で魔法のランプを見つけたアラジン。ここからジーニーとの友情の物語が始まる(撮影/上原タカシ) (C)Disney
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 初演時から10年にわたってランプの魔人・ジーニーを演じてきた瀧山久志さんに、コミカルな名シーンが生まれた背景と、役作りの難しさを聞きました。表情豊かに語ってくれたインタビューカットと併せてお届けします。

──瀧山さんは劇団四季に正式に入団する前から『オペラ座の怪人』『サウンド・オブ・ミュージック』に出演されていましたよね。それが『アラジン』のジーニー役をきっかけに入団されたということは、何か運命的なものを感じたのでしょうか。

瀧山:そこは逆なんです。劇団四季に入ることを決めたので、ジーニーのオーディションに挑戦したんです。

 その頃、私は札幌で『オペラ座の怪人』に出演していたのですが、当時は劇団内外で「あの話題作が始まる」という、どこかお祭りみたいな雰囲気もあって。私はいわば記念受験のつもりで、受かるわけがないと思いながらのエントリーでした。

 私はオペラ出身でクラシックの人だという位置づけをされていたと思うのですが、「こういう役もできる」というのを示せたらいいなと思ったんです。

 ただ、オーディションの課題を稽古するだけですごくワクワクしましたし、それをクリエイティブスタッフに見てもらえるなんて、ラッキー!」と思って。

「せっかくだから、好きにやってみよう!」と力が抜けていたのが良かったのかもしれません。

──実際にジーニー役に選ばれたときの気持ちはいかがでしたか?

瀧山:「信じられない!」ですよ。そんじょそこらの“信じられない”っていうんじゃなく、心から「し・ん・じ・ら・れ・な・い!」という思いでした(笑い)。

オーディションの課題をノリノリで披露したと明かしてくれた
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──海外のクリエイティブスタッフから、「瀧山さんはそのままでいい」と言われたそうですね。

瀧山:『理想の相棒──フレンド ライク ミー』のナンバーの稽古中、私はダンスが苦手なのでとっさにカニ歩きでごまかしたんですが、「それ、いいね! 絶対入れて」と言っていただけて、劇中に取り入れてもらえたこともありました。

 この作品は、ブロードウェイの演出をなぞるのではなく、「日本の文化ではどうやるのが面白いか?」と、いろんなアイデアを出しながら、みんなで作品をクリエイトしていった感じなんです。

 それと、自分ではよくわからないんですが、友達や仲間からは「楽屋にいるタッキーのまんま!」ってしょっちゅう言われます(笑い)。

カニ歩きを「それ、いいね!」と言われた当時を再現
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──簡単に想像できちゃいますね(笑い)。拍手が起きたときに、「もう、いいよ」というのも、もしかして瀧山さん発案ですか?

瀧山:そうです。会場の拍手を促しておきながら、はいはい、もういいよっと止めるあれ。拍手って、なかなか止まらないもので、次のシーンにいくために、ザワザワをピタッと止めるには何がいいかなと思ったとき、皆が知っている方法があるじゃないか!と(笑い)。

ランプの魔人・ジーニーの「はい、もういいよ!」は瀧山さんの発案が取り入れられた(撮影/上原タカシ)(C)Disney
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上演ごとに変わる雰囲気は“アドリブ”ではなく“お客さまを置いてけぼりにしない”演出 

──ジーニーは客席との掛け合いがあったり、俳優によってせりふが違ったり、同じせりふでも言い方が変わったりします。劇団四季の舞台は台本に忠実でアドリブ禁止と思っていたのですが、ジーニーには、アドリブが許されているんでしょうか?

瀧山:基本的にはアドリブが許されているわけではありません。アラジンからどこから来たのかと問われて、ジーニー役の俳優が実際の出身地を答える場面も、実はしっかり台本があるんですよ。

──山口県出身の瀧山さんが「山口から出て来たほっちゃ」という、あの場面ですね!

瀧山:そうです。ただ、クリエイティブスタッフからいちばん大事にしてほしいと言われたのは、ジーニーは出てくるだけで雰囲気を明るくする“太陽のような存在”であるということ。そして少年のような心を持ちながらも、何万年も生きている人間としての深さも持ち合わせている、ということ。

 最初はこれを理解するのが難しくて、いろいろトライしながらも壁にぶち当たっていました。でもある日、劇団の先輩から「ジーニーはとてもいい奴なんですよ」と教えていただいたことで、霧が晴れまして。ジーニーはいい奴。だから、お客さまも置いてけぼりにはしないんです。台本から外れない範囲でお客さまとキャッチボールをするのは、それが理由なんです。

──本番中に子どもが泣いたり笑ったりすると、瀧山さんが反応されることもありますよね。

瀧山:それで言うと2015年の開幕前日の公開稽古中、客席で泣き出したお子さまがいらっしゃったんです。大きな音や光に驚いてしまったんでしょうね。思わず舞台から手を振ったら客席も盛り上がりましたし、クリエイティブスタッフからも「ナイスアシスト!」と言われました。

──「子どもにいい返しをしたね」と褒められたんですか?

瀧山:いえ、「あの子にいいアシストしてもらえたね!」と。いい評価をもらえて、よかった〜って胸をなで下ろしました(笑い)。もしあのときダメ出しされていたら、いまのスタイルはなかったと思います。

 アドリブといえばアドリブかもしれませんが、客席と舞台をつなぐのがジーニーの役目だと自信が持てるようになりました。

「客席と舞台をつなぐことがジーニーの役目」と語る
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浅利慶太さんの教え「居て、捨てて、語る」を追求し続けて 

──いい奴すぎると言えば、アラジンがジャスミンと結婚するから、最後の願いはジーニーのために使えないと言ったとき、ジーニーは恨めしさは語らず、アラジンを祝福しますよね。とても哀愁を感じるシーンです。

瀧山:そこは稽古中に、クリエイティブスタッフから「本気でアラジンのことを許して、本気で彼の結婚を祝ってあげてほしい」と言われていたんです。台本を読むと、まるで喧嘩しているかのようなせりふの流れなんですが、ジーニーは決して怒っているわけではない。いまだに演じるのが難しく、試行錯誤しているシーンです。

──長年演じている役でもそうした苦悩はあるのですね。劇団四季には「慣れ、だれ、崩れ=去れ」というモットーがありますが、10年の間、1つの役を続けてきて、毎回フレッシュに演じることについて心がけていることがあれば教えてください。

瀧山:「慣れ、だれ、崩れ=去れ」は劇団四季創立者の浅利慶太先生が残してくださった有名なフレーズですけれど、実は他にも「居て、捨てて、語る」という言葉があって、私はこれをいつも意識しています。

 意味は、「ただそこに存在して、顕示欲や自分の都合を捨てて、シンプルに語る」というもの。登場人物がどういう心境でそこに立っているのかを決めるのはお客さまであって、俳優がこういう気持ちなんだと演技に込めた瞬間に、ただの提示で終わってしまう。物語がそれだけになってしまうから、自分がいままで準備してきたものを捨てろ、ということです。

 これは大変難しく、俳優にとって闘いでもあるんですけれど、これこそが新鮮に舞台を届けるということなんだと、最近、実感しています。

──とくに最近、と言うのは?

瀧山:やはりほかの作品(『ゴースト&レディ』のジョン・ホール役など)から戻ってきて、再びジーニーを演じるときに、強く実感しますね。

 それと、こちらの電通四季劇場[海]が入っているビル(カレッタ汐留)が改修工事で長く閉じた期間(2023年。8か月間)に、クリエイティブスタッフから「みんながこの物語をもう充分理解しているのはわかったから、俳優力をワンランク上げて、この舞台に臨んでみましょう」というアプローチがあったんです。

 そのとき、作品冒頭にジーニーが言う「サラーム(こんにちは)」というせりふに対して、「どういう気持ちでサラームって言っていますか?」と聞かれ「来てくれたお客さまに挨拶しています」と言ったら「本当に? いま瀧山くんの言ったサラームという音程は、すごく聞き覚えがあるよ?」とダメ出しを受けたんです。「幕が開いた瞬間、目の前にいるのが、キラキラ目を輝かせている子供なのか、週末に家族サービスで来ているお父さんなのかで、かける挨拶は変わってくるだろう?」ということなんですね。

──むしろ、いつ見ても同じように見せることが求められているのかと思っていました。

瀧山:実際に舞台に立った私自身、今日はリピーターのお客さまが多いなって感じるときもあれば、そうではないって感じるときもある。そうではないときにどんどん飛ばしても、初めて見るかたはついて来られないでしょうし、逆にリピーターのかたには、“こうすればこうなる”というお約束を捨てた方が、熱気が高まることもあると思うんです。

 たとえばジーニーが提灯を出すシーンがありますが、流れを知っているリピーターのかたは「はいはい、提灯ね」と思うシーンです。リピーターのかたが多いと感じた日は、演じ方を変えると、お客様の心をほぐしつつ進行できる。

──たしかにあの提灯を取り出すシーンは、リピーターがどう反応するか、緊張すると思います。

瀧山:忘れもしない、上演1周年の日のこと。舞台に出て行っただけで拍手が巻き起こったのに、提灯のくだりでシーンとなって。それまで演じてきて初めてのことでした。

 この場面のみならず、歌を披露した後の熱気はすごいのに、笑っていただけるポイントだとわれわれが思っている部分で、ことごとくシーンとして、空調の音が聞こえるくらい(苦笑)。

こういう経験もあって、こちらがエネルギーをもって舞台に臨むことが、演劇というものなんだなと思います。

10年にわたる悲喜こもごもを思い出しながら丁寧に語ってくれた
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──その日は1周年ということで、観客はリピーターがほとんどだったんでしょうね。ただ、本気で役を捨ててしまったらせりふも出てこない気がしてしまうんですが…どうされているんですか?

瀧山:“捨てた”人の演技は見ていてわかります。作品というレールの上をお互いに走っているのに、綱渡りをしているようなドキドキする応酬が生まれるんです。せりふも噛みそうになるくらい勢いがあるし、舞台上で大丈夫かな?って不安になるくらい。でもその方が“生きている”感じがするし、お客さまの熱気も高まるんです。アドリブの応酬とはまったくの別物ですね。

 まさに、劇団四季の『アラジン』誕生秘話ともいえる、10年前を振り返ってくれたジーニー役の瀧山さん。サービス精神旺盛に身振り手振りで話しながらも、インタビュー開始当初は、手にハンカチを握りしめ、汗をかきながら緊張気味だったのが印象的だった。

手に握るハンカチは服に合わせてグレーをチョイス。ウイットに富んだ会話で笑いのセンスを見せると同時に、美的センスも垣間見せていた
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【中編】では、瀧山さんだからこそ話せる『アラジン』の見どころや役作り、休日のリフレッシュ術などをお伝えします。

取材・文/辻本幸路 撮影/五十嵐美弥

(中編に続く)