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《独占》劇団四季『ライオンキング』チーター以上にチーターになりきる方法と人生を変えた小道具スタッフのリアル体験ルポ 

チーター役の稲葉菜々さん。動作も表情もすべてがしなやか!
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30年にわたってディズニーミュージカルを上演し、計7作品で3200万人以上を動員してきた劇団四季。『女性セブンプラス』では、大ヒットロングランの舞台裏を独占で徹底取材! 今回は『ライオンキング』から、俳優のインタビューと小道具スタッフによる裏話をたっぷりお届けします!【前・後編の後編。前編を読む

【俳優インタビュー】チーターデビューまでみっちり1年、寝ても冷めてもチーターを観察

──毛繕いしたり、忍び足で獲物を狙ったり。パペットとは思えないほど滑らかに動くチーターは、舞台でも注目の的です。演じると決まったときの率直な気持ちはいかがでしたか?

稲葉:子供の頃からアニメーションの『ライオンキング』を何度も見ていたので、「とにかくうれしい!」でした。チーター役の稽古に入ることが決まってから、「パペットを扱うための体作りから始めなきゃ」と、強く思いました。

というのも、私が長年やってきたバレエとは違い、腕の力がとくに必要になるんです。パペット自体は柔らかくて軽い素材を使っているんですが、遠くに腕を伸ばすほどずしっと重くて……。なのであざみ野(神奈川・横浜)の劇団四季の稽古場にあるチーターのパペットでひたすら練習して腕を鍛えました。他の作品に行ってから『ライオンキング』の舞台に戻る場合も、“チーター筋”を鍛えるところから始まります(笑い)。

稽古に入ることが決まってから舞台に立つまで、1年かかりました。

細身のシルエットに長い手足がチーターにピッタリの稲葉菜々さん
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──のけぞるポーズは腰や背筋に負担がかかっていそうです。

稲葉:それは腰ではなく、むしろ腹筋。全身をしっかり使っているんですよ。首からぐいっといくと首を痛めやすいので固定しつつ、かといってある程度首にテンションをかけないと紐がゆるんで顔がとんでもないところを向いてしまう。首も腕もですが、毎回筋肉痛になっています。全身のマッサージは毎日欠かせないですね。

仰け反るときは背筋よりも腹筋を使う
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ヘッドピースにつけられたワイヤーがチーターの顔と連動する
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──前脚につながる部分はどんなふうな構造になっているのですか?

稲葉:棒には滑り止めや紐がついているので、うっかり落とさないようになっています。とはいえ、ただ持つだけでは棒を持っているだけにしかならないので、腕に沿わせて、一体感を意識してます。

動画はもちろん、動物園でチーターの観察も

──チーターのしなやかさ、滑らかな動きにはどんなポイントが?

稲葉:たとえば歩くとき、ただ脚をパタパタ前へ出すだけでは軽さを感じてしまうんですが、肘からしなるように動かすことで重みを感じられるんです。伸びをするときは肘を少しだけ落としたり、反るときは一瞬沈む踏み込みを入れたりすることで、しなやかな動きに見えるんです。

ただ、前脚を支えている腕を意識しすぎると頭がゆるんだり、想像と実際の動きが一致しなかったりで、とにかく鏡の前でトライ&エラーの繰り返しでしたね。納得いく動きができるまで1年はかかりました。

──先輩の演技や本物のチーターの動きなど、研究はされたんですか?

稲葉:はい、先に出演されていたかたや海外公演など、ほかのチーター役のかたがたの演技もたくさん見ました。ですが、まねするだけでは自分ではなくなってしまうので、自分がやるにはどうすべきかというのは結構悩み、いろいろ研究しました。

たとえば動物園に行って観察もしましたし、ネイチャー系のドキュメンタリー番組を繰り返し見て研究しました。チーターではないですが、猫を飼っている友人から動画を送ってもらったりして、とにかく動物の動きを見て覚えるようにしました。

ポイントは、動物をただ模倣するだけではないということ。先輩から“チーターはセクシーでミステリアス”とアドバイスを受けて、最初は「ミステリアスってどんな感じなんだろう?」と思ったのですが、感情を表に出すのではなく、ミステリアスな表情の下で、さまざまな感情を乗せていく。そこからやっと新しい、自分のチーターに出会えた気がします。

──ではいちばん好きなチーターの動きはありますか?

稲葉:いっぱいありますよ(笑い)! それこそ最初出てきてすぐ“のび〜”ってするところに苦戦していたので、できるようになったときはうれしかったですね。

コツは、ぎゅーっと前脚を伸ばしつつも重心は前に寄り過ぎず、少しお尻を引いて後ろに意識を持っていくこと。基本の姿勢は前脚への意識がないと軽く見えてしまうので、その重心のかけ方を変えることでスムーズにできるようになりました。

あとは毛繕いするところも「うまくできた!」と思ったときは感激しましたし、キリン狩りのシーンも大好きです! 忍び足で進むときには生演奏のパーカションが合わせてくれるのですが、毎回、自分の足の動きに合わせて音が鳴るとゾクゾクしています。

のび〜とする動きが滑らか。このシーンのファンも少なくない(撮影/堀 勝志古)(C)Disney
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ペロペロして顔をなでなで。毛繕いのシーンはネコ科動物そのもの
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──『ライオンキング』を観た後は、動物の動きをまねしたくなります。私たちもチーターみたいに動くコツはありますか?

稲葉:本物のチーターもそうですが、チーターは歩くときに肩甲骨をすごく動かしているんです。ですから、歩くときに大きく肩と肩甲骨を回すように歩いてみてください。肩甲骨は固まりがちなので、肩こり解消にもなりますよ(笑い)。

さらに重心を少し落として、腰をひねる。何より表情をセクシーにすれば、しなやかなチーターが完成します。

肩を大きく動かしながらゆったりと歩く。目を細めて眼差しもセクシーに!
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忍び足で歩く後ろ姿もミステリアス
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1公演で着替えは14回! チーターの他に雌ライオンにもハイエナにも 

──稲葉さんはチーター役に専念するのではなく、アンサンブルとしてほかにもたくさん出番がありますよね? 役の切り替えや衣装の着替えなど、どうされていますか?

稲葉:チーターの狩りはしなやかさをすごく意識するんですが、雌ライオン役では、パワフルに。重心もすごく下に感じながら演じるので、同じ狩りのシーンでも、チーターとはかなり違います。

着替えるのは、チーター、グラス、雌ライオン、チーター、ハイエナ、雌ライオン……14回あります(笑い)。

──なんと14回も!? マチネとソワレの1日2回公演だと、28回の着替えですよね。ハードですが、衣裳とメイクはご自身でされるのですか?

稲葉:本当に急ぎのところはヘアー・メイク担当のスタッフさんに手伝ってもらいながら、あとは自分で。顔のペイントは、スタンプがあるので、素早くできるんです。

祖父が亡くなった日に立った舞台でサークル・オブ・ライフ(命の連環)を実感 

──一生に一度は見ておきたいといわれる『ライオンキング』。稲葉さんは俳優としてその魅力をどう感じていますか?

稲葉:ひとつは、子供はワクワクだったり、大人は感動だったり、世代問わず楽しめること。そしてもうひとつは、同じ物語なのにそのときの自分の心情によって、響く言葉や刺さってくるシーンが変わることだと思います。

実は私自身、祖父が亡くなったとき、ちょうど本番の舞台に立っていたんですが、『彼はお前のなかに生きている』というナンバーの歌詞にある、“父も祖父もお前の中に生きている”っていうところでグッときました。

『終わりなき夜』の“日はまた昇る”という歌詞や、ラフィキの“人生は続いていく”というセリフも好きです。

何回も何回も聞いているはずなのに、突然頭に入ってきて、背中を押してもらえるときもあれば、支えてもらえるときもあるんです。

私の友達も独身時代、妊娠中、出産後…と見に来てくれて、「そのときによって感じるものが違う」と言っていました。多分、お客さまひとりひとり、そう感じられる作品になっていると思いますし、だからこそ何回でも、来たくなるのかなと思います。

* * *

まさに「サークル・オブ・ライフ(命の連環)」を噛み締めながら舞台に立っていると話す姿が印象的だった稲葉さん。

サービス精神旺盛で、何度も体を反らせたり伸びをしたり、ネコ科動物らしい仕草を見せて、繰り返し繰り返し、細やかに説明をしてくれる姿が好印象。

抜群のスタイルに、まるでチーターを擬人化したようなミステリアスな雰囲気を持ちながら、一方でかわいらしさと謙虚さがにじみ出るというギャップがすさまじく、取材スタッフ一同、魔法をかけられたような気分になってしまった。

【小道具スタッフ】パペットは70種類にも!不測の事態にはF1ピットなみに連携 

命の連環「サークル・オブ・ライフ」は同作のテーマ(C)Disney
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70種類以上ものパペットを扱う『ライオンキング』では、もしもに備えて上演中も小道具スタッフが常駐している。そんなドキドキハラハラの裏舞台を小道具担当の内海彩乃さんに直撃!

『ライオンキング』のサイチョウ・ザズのパペットのメンテナンスをする、小道具担当・内海彩乃さん
『ライオンキング』のサイチョウ・ザズのパペットのメンテナンスをする、小道具担当・内海彩乃さん
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「チーターのボディーは『サンペルカ』という造形によく使われている素材で、軽くてクッション性があるのが特徴です。ここにガーゼのような布を貼りつけ、コーティングしています。

丈夫に作られているものですが、それでも顔の可動域の部分や胴体との繋ぎ目などがへこんだり、中にピアノ線入りの硬い棒が入った足の部分が破れたりすることがあるので、メンテナンスは欠かせません」(内海さん・以下同)

キュートで小顔のチーター。チーター柄の模様は、ただの丸ではなく、さまざまな模様で構成され、デフォルメされている
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俳優とパペットの顔をつなぐ紐部分も、切れたり取れたりすることもあるという。

「紐はダクロンというのですが、アンサンブルのハイエナなどでも使っていて、切れたり取れたりは珍しくありません。2回公演がある日は、マチネで切れたからソワレまでに直したり、ということもありますし、演目中、次の出番までの間に直さなきゃ、みたいなこともあります。予備を持ち歩き、すぐ対応できるようにしています」

もっともスリリングだった出来事は?

「スカーのようなメカニックを搭載しているパペットが断線してしまったときは緊張感が走ります。そうならないよう、朝もチェックしてきちんと動くかどうか確認は欠かせません」

小道具担当として高校時代からの夢をかなえている真っ最中 

まるでF1のピットクルーのような一体感。そんな戦場のような現場を受け持つからには、常駐メンバーはベテランスタッフしかなれないの?

「全然、そんなことないですよ(笑い)! 私も3年目ですし、他の担当スタッフも2年目の者もいます。私はもともとこの仕事がしたかったので、入社研修が終わってからすぐ本番常駐スタッフに立候補したくらい。ですから、『ライオンキング』の担当になれたときは、すごくうれしかったんです。

というのも、私は高校生のときに修学旅行で『ライオンキング』を見てから、「ここに入りたい!」「裏方をしたい!」とずっと考えていたので。『ライオンキング』で人生を変えられたひとりなんです(笑い)」

高校の先生からは「舞台美術は男がするもの」と止められたこともあったそうだが、美大の染物専攻を経て「やっぱり諦めきれなくて、劇団四季に応募した」という経緯があったそう。

人生を変えた『ライオンキング』の舞台の魅力は? 尋ねると、キラキラした笑顔でこう答えてくれた。

「パペットの立体感、デフォルメ、すべてが楽しくて、動物たちに囲まれると、いままで見たことのない迫力を体感できることです。素晴らしい音楽も大音量で聴ける。毎日楽しいし、毎日飽きないです(笑い)。夢が叶っている最中ですね」

まさに人生を変えるミュージカル『ライオンキング』。一生に一度といわず、二度、三度と会場に足を運びたい。

取材・文/辻本幸路 撮影/五十嵐美弥

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