趣味は普段とは違う、新しい世界を見せてくれることがあります。皮膚科医・鈴木稚子(52才、すぎき・わかこ)さんの趣味は登山。
登山を通じて人の優しさに触れたり、危険な目にあいながらもかけがえのない経験をしたと語ってくれました。
中学時代の槍ヶ岳が初めての登山
「初めての登山は中学時代の槍ヶ岳でした。学校の方針で、毎週のように登山、遠泳、スキーなどをして、自然に親しんでいました。その延長で、大人になっても友達と登山をするのが当たり前のようになっていました。
遊園地などはいつも混んでいますが、登山は自分のペースで進むものです。どんな状況でも慌てたりせず、どっしり構えられるようになりました。それに空気がいいせいか、山に登っている時のランチは非常においしく感じます」(鈴木さん・以下同)
◆山では誰もが平等でいられる
学生時代から続けている登山の魅力は、山では「誰もが平等でいられる」ことだと話します。
「世の中には平等ではないことがたくさんありますが、登山で襲い掛かってくる自然の脅威は、全員に平等です。そこには貧富の差も男女も関係ありません。だからこそ、やり遂げたときの達成感は格別です。
懸命に仕事に取り組んでも、終わりが見えないことがありますよね。だけど山は頂上というゴールが明確です。山に登って、下りる。達成感を得ることは幸せホルモンのドーパミンが分泌されて自分へのご褒美になりますし、リフレッシュにもなります。それに登山中は無心になれて、日常と気持ちを切り離せるのもいいですね。
私はモンブランや赤岳など、国内外の山に40か所ほど登っています」
30才でがんに。何か成し遂げたいと40才でキリマンジャロへ
鈴木さんは30才でがんになり、死の恐怖と向き合いました。
「幸いがんは完治して、これからも生きられるんだ、という喜びと同時に、人はいつ死ぬかわからない、と実感しました。それならば死ぬ前に大きなことを成し遂げたいと考えて、40才のときに1人でキリマンジャロに挑戦することにしました」
◆「女1人で何しに来たんだ!」
キリマンジャロはタンザニアにある標高5895mの山で、アフリカ大陸の最高峰。山脈に属さない独立峰としては世界で最も高いとされることもあります。
「現地でガイドを頼もうとしたら、“女1人で何しに来たんだ、帰れと”と言われました。私はどうしても挑戦したくて、ガイドさんと言い争いのようになりました(笑い)。なんとか説得して、結局ガイドと登山をサポートしてくれるシェルパを12人雇うことになりました」
高山病になりながらも頂上へ。そこで目にした光景は…
しかし、キリマンジャロは過酷です。4500m付近にある最後のベースキャンプで、鈴木さんは高山病になってしまいました。
「ガイドには引き返そうと言われましたが、ここまできてあきらめたくありません。“死にたいのか!”“死んでもいい!”なんてケンカのようになりながらも、なんとか頂上を目指すことになりました。苦しくて、1歩に1分かかるほどの状態でした。
夜中の12時にベースキャンプを出て、早朝5時くらいに頂上付近に到達したのですが、マイナス何十度で南極レベルの寒さです。そこに朝日が昇ってきたのですが、火の玉が来るような迫力でした。一気に周囲が明るく、温かくなって…。高山病になりながらも、その光景はよく覚えています」