
1991年のデビュー以来、30年あまりにわたり数々の作品を世に送り出してきたChara(55歳)。オリジナリティ溢れる楽曲のみならず、強い存在感を放つファッションや生き方は、同時代を生きる女性たちから支持され続けています。そんな彼女の歌声を、ライターの田中稲さんは「まるで砂糖菓子のよう」と表現。でも単に甘いだけではないというCharaの魅力について、田中さんが綴ります。
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もうとっくに過ぎてしまったが、2月14日はバレンタイン・デーだった。己には関係ない記念日だとスルーしたが、もっと気軽においしいチョコを買って楽しめばよかった……。イベントは過ぎ去ってから「乗っときゃよかった」と思うものである。
しかも3月に入れば、お返し記念日、ホワイト・デーがやってくる。ぬうう、漂う恋の季節フレイバー。せめて甘い空気だけは楽しみたい!
ということで、前のめりで、チョコ、マシュマロ、キャンディを購入。しかも自分で食す! 記念日のセオリーとしてはいろいろ間違ってはいるが、いいのだ。ああ、口に入れただけでトロンと幸せが広がっていく、このスイートさよ。ちょっと知覚過敏にしみるのも、背徳的でいいよね……。
この感覚をそのまま声にしたら、一番誰がぴったりくるだろう? そう考えてみたとき、一番に頭の中で流れたのがCharaさんの声だった。
アルバム『Junior Sweet』との出会い
初めて買ったアルバムは、1997年にリリースされた5枚目のアルバム『Junior Sweet(ジュニア・スウィート)』。
きっかけは確か、CDショップの視聴ブースである。ジャケット写真に映るCharaさんの笑顔と、フォークロアチックなワンピースがカワイイ! そう思ってヘッドホンを手に取ったことを覚えている。
1曲目が『ミルク』で、美しくやさしいギターの音色がチロチロと鳴る。そして、とろけるような彼女の甘い声が、耳をくすぐってきた。
「甘い、こそばいっ!!」
あれこそ、お菓子の声であった。耳で砂糖菓子をなめて溶かす感じ。文章にするとヘンタイのようになってしまうが、感覚的にわかってもらえるとありがたい!
2曲目の『やさしい気持ち』は、私のイメージはベビーベッドの上でクルクル回るおもちゃ(ベビーメリーというらしい)の音楽だ。今聴いても、ニコニコ笑って手を伸ばす赤ちゃんがベビーベッドに乗り、オモチャが回るのを見ているシーンが思い浮かぶ。
タ行が「テャ・チィ・チュ・ティエ・チィヨ」になる甘ったるい発音。聞き取れない歌詞があっても、不思議と意味がちゃんと「届いてくる」響き。彼女の歌声はすべてが独特で、音楽を聴いているというより、なにか科学で解明できない自然現象を受け止める感覚にさせられる。
ああ、赤ちゃんが胎内でお母さんの歌を聴いているときって、こんな感じかもしれないなあと思うのだ。
“終わり”を感じる名曲『タイムマシーン』
こりゃスゴイと思って購入したアルバム『Junior Sweet』だが、ヘビーローテーションという訳にはいかなかった。『しましまのバンビ』とか、タイトルもなんてかわいいんだろう! そう思って夢見心地で聴いていたら、5曲目で『タイムマシーン』がドカンと来るのだ。
淡い光に包まれている中で、何かの「終わり」を告げられているようで、ゾワッとくる。この曲は浸透力があり過ぎて、聴く時期を間違えると心の「入るな危険ゾーン」までジワジワ侵入し、眠れなくなってしまうのである。同じ声なのに、ユートピアにもディストピアにも連れていかれる。それがCharaボイス!

吐息交じりでキュンキュンにどこまでもガーリー。でも、突然ダーク。何気に甘いチョコレートやキャンディを食べていたら、ウィスキーの蜜や、苦いコーヒーヌガーが中からドロリと出てきてギョッとする、あの感覚と似ているかも。
ただ、私はこの「終わりを感じる系」が嫌いなわけではない。頻繁に聴けないだけで、猛烈に聴きたくなる周期は定期的にやってくる。なんだろう、あの絶望感とともに味わえる、クセになる恍惚は……。
しかも、『タイムマシーン』がリリースされた1997年は特に、この系の名曲が多い。中谷美紀 with 坂本龍一の『砂の果実』、globeの『Wanderin’ Destiny』、Coccoの『強く儚い者たち』、山崎まさよしの『One more time, One more chance』、米良美一の『もののけ姫』など、なにかが消えていくようなイメージが、すさまじい美しさを放っている。
『Swallowtail Butterfly』を一人カラオケで歌ってみたら…
「終わり」を感じるCharaさんの名曲にもう一曲、1996年、YEN TOWN BANDのボーカルとして参加し、大ヒットした『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』がある。が、これは別格。私には少々破壊力が強すぎた。この曲が劇中に登場する岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』の影響がかなり大きい。主役のCharaさん、三上博史さん、伊藤歩さんが日本語や英語、中国語を混ぜた言葉を話し、砂埃のなか、むせかえるような生命力と儚さを見せていた。

あの無国籍感と、絶望と希望がないまぜになったような重いパワーは衝撃で、今もあの曲は、友人のカラオケですら、つらくなってしまう。ただ、ここまでヘビーな感情になるということは、それだけディープに、心に響いているということだろう。そう思って、一人カラオケでコッソリ歌ってみた。なにかあるごとにカラオケで歌い確認するのが私のクセである。
歌い終わった後、ものすごく壮大で孤独な気分になった。前世の記憶を思い出した、もしくは知らない国の国家機密を私だけ知ってしまったような——。目の前に置かれたドリンク飲み放題のヘケヘケにくたびれたカップが、ものすごく意味のあるものに思えるほどに!
妄想が無限に膨らむ、なんとも恐ろしい歌である。
Charaさんの甘い甘いかすれた響きは、問答無用で「自分の中で言語化できなかった気持ち」を浮かび上がらせてくる。それを持て余すこともあるけれど、逆に、持て余していた気持ちを包み込んでくれることもある。
刺激の強さと、とびきりのやさしさを併せ持った、不思議な砂糖菓子だ。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka