“ジャケ写借り”がきっかけの可能性が濃厚
そして第3がCDレンタルでのジャケ写借りがきっかけ、というラインで、これが最も濃厚だ。というのも、岡村靖幸さんを思い出すとき、私はシングルよりも先に『家庭教師』というアルバム名と、その情報量が多いジャケ写を思い出すからである。
しかもこれが全曲、余すところなく自意識過剰な思春期が詰まっていて、はっきり言ってとても暑苦しい。そして丸ごとクセになる! 1曲目『どぉなっちゃってんだよ』からボンバボンボンバボンと低く妖し気に響くリズム、そして「この世は全部幻ですよ」と合図するかのようにカーンカーンと鳴る鐘の音、「ファッション」「マンション」という、ステイタスを端的に表す言葉が、投げつけられるように聴こえてくる——。あまりの威圧感に、私はおののいた。
しかし岡村ちゃんは容赦がない。2曲目に、メソメソするがやたら強引にもなる恋愛中の情緒不安定あるある『カルアミルク』がきて、いろいろ深く悩んでいたことがどうでもよくなる『(E)na』、イメージトレーニングの暴走『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』など、彩り豊かな楽曲が続き、ラストの楽曲『ペンション』で切ない罠にガシャンとはめられてしまうのだ。
「まだまだ岡村靖幸は青春だ!」
このアルバムが彼との出会いかどうかは定かではないが、これでガシッと心掴まれたのは確かである。私はその後、このアルバムを軸に、他の楽曲も詰めこんだ「岡村ちゃんカセット」を編集し、なんども聴いた。バスケットにカルアミルクに六本木、ペンション、身長179センチ、愛犬ルー。彼の歌には、青春と欲望が詰まった固有名詞やプロフィールが散らばっていて、むせかえるほどに耳に侵入してくる。なんというか、過多! 届いてくる感情が過多!
だからこそリアル。私も思春期は、己が気持ち悪くなるほど自意識過剰だった。それをうまく発散できないまま大人になり、今もこじらせた状態だが、彼のアルバムを聴くと「上には上がいる」と思う。そして愛しくなる!
2021年には、2・3月期のNHK『みんなのうた』で放送された『ぐーぐーちょきちょき』が話題になったが、その歌い方は相変わらず濃厚なのに、素朴でやさしい感じが届いてくる。無邪気さを心から引っ張り出されて、「ああもう、やっぱりすごいなあ」と思った。
結局、私がどういう経緯で岡村靖幸さんの音楽と出会えたのかは、記憶の渦のなか。けれどその瞬間を逃さなくて、とってもラッキーだった。これだけは間違いない。
ちなみにコロナ禍の際、家でもライブを楽しめるようにと2020年5月にアップされた『LIVE 家庭教師 ’91 (STAY AT HOME & WATCH THE MUSIC) 』は、現在もソニーミュージックのYouTube公式チャンネルで観ることができる。
本人公式サイトに飛べば、メガネとスーツ姿で汗をふきとばし、しゃかりきにパフォーマンスをする現在の彼の姿がドカンと出てくる。6月18日からは全国ツアーも始まる。
「暴れまくってる情熱」を青春の定義とするならば、まだまだ岡村靖幸は青春だ!
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka