松山ケンイチと長澤まさみの力演が欠かせない
松山さんと長澤さんというと、現代のエンターテインメント界を牽引する存在の代表格でしょう。松山さんは主要キャストの1人を務めたドラマ『100万回 言えばよかった』(TBS系)が好評のまま幕を閉じたばかりで、放送中の大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合)では物語の動向を左右する本多正信という注目人物を担っています。
一方の長澤さんは、昨年放送された主演ドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジテレビ系)が大反響を呼び、同作はいまだに配信サイトなどで話題作の1つであり続けています。
両者ともに、シリアスな人間ドラマから振り切れたコメディ作品にまで適応してみせる演技巧者。しかし、意外にも今回の『ロストケア』が初共演作だといいます。満を持して、といったところでしょうか。本作のテーマを世に訴えるには、この2人の力演が欠かせないように思います。
静と動、陰と陽……表裏一体の演技
斯波と大友は、対照的な関係にあります。殺人者と検事であることはもちろんそうですが、認知症が進行する父親を斯波が自宅で介護していた一方、大友の母は施設のお世話になっています。どちらがよいか悪いかの話ではもちろんありません。ただ、“介護”をテーマにした本作において、そこには圧倒的な違いがあるのです。
なぜなら斯波は、世の中の多くの人々と同様に、自宅での家族の介護に頭を悩ませたことがあるから。物語に深くは踏み込みませんが、そのような経験があるからこそ、彼は自分の行為を「救い」なのだと穏やかに語ってみせるのです。
そんな松山さんの演技は、揺るぎない軸があるものの、常に静かです。悟りを開いた者のごとく動じず、抑揚を欠いていて非常に穏やか。対する長澤さんの演技は、かなり動的なものです。大友は法律という絶対的な正義を持っていますが、斯波の正義を前にそれはぐらつきます。不安や動揺の色が浮かぶ表情だけでなく、そのときの心境によって声色も変化。長澤さんはこれを大小高低と自在に操っています。
つまり、斯波と大友が対照的であるように、松山さんと長澤さんが実践する演技のアプローチも真逆なのです。斯波が“陰”ならば、大友は“陽”。私たちはこの2人の言い分をそれぞれ聞いて、どちらかが圧倒的に正しく、どちらかが圧倒的に間違っているとは言えないのではないかと思います。2人の立場や考えが表裏一体であるように、松山さんと長澤さんの演技もそうなのです。