
母への感謝を歌う曲と言えば、古くは海援隊『母に捧げるバラード』(1973年)が有名ですが、AI『ママへ』(2013年)、back number『手紙』(2015年)、宇多田ヒカル『花束を君に』(2016年)など、近年も数々の名曲が誕生しています。そうしたなか、ライターの田中稲さんが思い出したのは1999年発売のDragon Ash『Grateful Days』。24年前に発売の名曲を振り返ります。
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5月14日は母の日である。母への感謝というのは、非常にこっぱずかしくて言いにくいものである。いや、言える人もいるだろうが、私はなかなか「お母さん、いつもありがとう!」などと、なかなか口がムズかゆくて出てこない。
もし照れを押し切って言ったとしても、「なんなん急に、気持ち悪い」と突っ込まれたら、いたたまれない。しかし親というのは意外に子どもの心を知らないので、こういうことを言ってしまいがちなのである。
さらに、私には苦い思い出がある。小学生の頃、1本だけカーネーションを買おうと花屋に行った。すると、とてもかわいいアレンジのカーネーションの花かごが飾ってあり、そちらに心惹かれたのである。忘れもしない、価格は700円。予算オーバーだったが、母の喜ぶ顔が見たくて購入した。ところが!
「1本でよかったのに。どうせ花は枯れるんやし、こんなんもったいない」と真顔で言われてしまったのである。くっそー、今思い出してもムカムカする!
それからしばらくは、母の日に花を買わなくなってしまっていた。
5月リリースで「母の日」を感じた
そんな気持ちを少し変えてくれた曲が1999年、テレビから流れてきた、Dragon Ash featuring Aco, Zeebraの『Grateful Days』である。
初めて聴いたときは衝撃だった。正直、HIPHOPは全く興味の範囲外だった私。世の中への不満を、弾丸の如く早口のダジャレでまくしたてる特異な音楽と、かなりの偏見を持っていた。
ところが、『Grateful Days』は、ゆっくりはっきりと優しい言葉が聴こえてきた。感謝とリスペクト。父から得た誇り、母からもらったいたわり。ファーザー、マザー、フレンドに対し、流れるように「ありがとう」と言っている。
いやはや、驚いた。少し大げさだが、私がHIPHOPの偏見を解くことができた記念日といってもいいかもしれない。

今改めて歌詞を読めば、なかなかガッツリ重い意思表示やヤンチャな過去を語る内容でもあるのだが、当時の私には、穏やかな波のように、メロディと親への感謝のリリックが絡まって聴こえたのだ。そして「ものすごく素直な歌だなあ」という印象を持ったのである。
「母の日ソング」というわけではないのだが、リリースされたのが5月だったのもあり、Acoのふんわりと高い声を聴き、私もサラリと「ありがとう」を言える気がしたのだった。
オリコン1位に輝く
『Grateful Days』は、宇多田ヒカルやL’Arc〜en〜Cielが名を連ねるなか、見事週間オリコン1位に輝き、売り上げ枚数も約90万枚を記録している。私と同じく、この曲でHIPHOPの印象が変わった人も多かったのではなかろうか。この曲が収録されたDragon Ashの3rdアルバムのタイトルは『Viva La Revolution』。いやもう、まさにビバ! 革命的な1曲だった。
まったく興味がないジャンルの人から、すさまじい熱量と卓越した手段で、その楽しさを知らされるというのは、まさに感動の革命。私は間違いなく、Dragon Ash、Aco、そしてZeebraによって、新たな心の扉をあけられた。
どうでもいい話だが、私がカラオケで初めてHIPHOPを歌ったのは、この曲から4か月後にリリースされた『Garden』(Sugar Soul feat. Kenji)である。聴いている100倍難しく、サビ以外は半笑いで「オーイェ……」と体を揺らしていただけだった。HIPHOPは聴くだけにしよう、と思ったものだ。
さて、『Grateful Days』は、配信やMV、ベスト盤などへの収録がその後にされず、サブスクも解禁されていない。公式には当時発売のCDでしか聴けない幻の名曲になっている。
曲は、生まれたあともいろんな歴史の経過のなかで、表に出たり静まったりする。それでも感動のボタンは、脳内ですぐ押すことができるので再生可能。そしてHIPHOPに縁がなかった私が身を乗り出して聴き、「感謝を言葉にするのに、照れることはないよなあ」と、久々に母に贈るカーネーションを買いに行ったことを思い出せるのである。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka