
去る4月、東日本大震災から15年の節目に、福島県まで足を運ばれた天皇ご一家。被災地に心を寄せるお姿は多くの人々の胸を打ったが、宮内庁の周辺では目下、ご訪問が予定される「熊本」で、雅子さまの一族にまつわる懸念が取り沙汰されているのだという──。
今年2月のお誕生日に際し「これからも雅子と共に被災地に心を寄せていきたい」と強い決意を述べられた天皇陛下。そのお言葉のとおり、4月の福島県訪問では被災地に暮らす人々と、ご一家で温かな交流を結ばれた。昨年には愛子さまが石川県の能登を訪問されるなど、天皇ご一家一丸となって被災地に寄り添われる旅が続いている。
両陛下は今秋、震災から10年の節目を迎える熊本県を訪問される予定だが、同地は上皇ご夫妻が異例のご訪問を果たされた場所でもある。
「熊本地震の発生からわずか1か月ほどの慰問で、まだ余震が続くなか、上皇ご夫妻は被災地を見舞われました。慰問先では、被災者と膝を突き合わせ、すみずみまで声をかけておられました。現地の状況が逼迫するなか、警備に負担をかけないようにと日帰りでの強行スケジュールを敢行したのです」(皇室ジャーナリスト)
一方、両陛下は熊本を巡り、これまでもどかしい思いを抱えられてきたという。
「熊本では2020年にも、豪雨被害がありました。両陛下は“平成流”に倣って訪問を切望されましたが、コロナ禍で叶わず、オンラインでのお見舞いとなりました。今回予定されている訪問は熊本地震を念頭に置いたものですが、ようやく同県を訪れることが叶う形です。令和初の熊本訪問でもあり、福島と同様、1泊2日でじっくりと回られるのではないでしょうか」(前出・皇室ジャーナリスト)

その熊本では今年、別の節目も訪れた。「四大公害病」の1つとして知られる水俣病が、1956年5月1日に公式確認されてから70年を迎えたのだ。
2013年には上皇ご夫妻が水俣市を初めて訪れ、慰霊碑に献花。水俣病患者と対面されるなどしただけに「秋のご訪問の際、両陛下も水俣まで足を延ばすのでは」との予想が、周囲で取り沙汰されているという。
ある宮内庁関係者は、そうした声に歎息する。
「自然災害と違い公害には、加害者として責任を負う立場の人々がいます。皇族方は国民に対しあくまで中立でいたいと願っており、人的、あるいは社会的な災害にかかわる行事へのご出席はこれまで避けられる傾向にありました」
水俣病を巡っては、いまだに患者と県の間で係争中の訴訟もある。
「簡単に触れられる問題ではありません。とはいえ、上皇ご夫妻も慰問しており、70年という節目でもあるわけで、現地では水俣へのご訪問を期待する声が上がっているのです」(全国紙社会部記者)
一方、宮内庁周辺は、雅子さまと水俣病の間に切っても切れない“因縁”があることにも気を揉んでいるという。
水俣病の原因は、化学工業メーカー「チッソ」の工場から出る廃水だった。水俣湾から不知火海に流れた廃水に魚介類が汚染され、それらを食べた人々が中毒性疾患を発症した。雅子さまの母方の祖父にあたる故・江頭豊氏は、そのチッソで一時期、社長を務めていたことがある。
「チッソは戦前、日本の技術力をリードする企業として、昭和天皇が直々に激励に訪れたこともあります。しかし1956年に水俣病の存在が明らかになると、会社は対応を迫られることになりました。そうした問題を解決するため、江頭さんは日本興業銀行からチッソに派遣され、1964年から1971年まで社長を務めたのです」(前出・社会部記者)
チッソが廃水の流出を止め、国が水俣病を公害に認定したのは1968年のこと。
「江頭さんは患者の家庭に詫びて回るなど、水俣病問題で矢面に立つ立場となりました。社長を担ったのは水俣病問題の途中からですが、株主総会では患者たちと向き合い、問題解決に奮闘したのです」(前出・社会部記者)