
愛娘・趣里のNHK朝ドラ『ブギウギ』主演、デビュー50周年を記念した初エッセイの出版、そしてキャンディーズ以来46年ぶりの紅白出場と、昨年から数々の話題を振りまく歌手で女優の伊藤蘭(69歳)。紅白のステージでその変わらぬ輝きを目にしたライターの田中稲さんが、伝説のアイドル「キャンディーズ」の思い入れ深い名曲について綴ります。
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時がたつのは本当に早いもので、あっというまに1月も半ばである。昨年の第74回NHK『紅白歌合戦』は、視聴率は過去最低を記録したというけれど、見逃し配信という便利なものがある時代、その数字にカウントされない、楽しんだ人がもっといたのは確か。私も「おお!」と声を出し見入るパフォーマンスがたくさんあった。
特筆すべきは伊藤蘭さんである。キャンディーズが50周年……! 私が物心ついたときには、すでに彼女たちはお茶の間の人気者だったので、確かにそのくらいでもおかしくない。しかし、半世紀という時間を感じさせないほど、蘭さんは幼い記憶の中のランちゃんのままだった。

なんと可憐で華やかなのか。しかもちょっと色っぽい、スイートな歌声もそのまま。響くファンのコールと舞う紙テープが、彼女のきらめきをさらに美しく彩っていて、観ているこちらまで、心に甘い感覚が蘇ってきた。自然と口ずさんでしまう。
キャンディーズという名前の由来は「食べてしまいたいほどかわいい女の子たち」だったそうだが、その歌声の甘酸っぱさ、豊かさもまた、キャンディの詰め合わせのようだった。クッ、猛烈に聴きたくなってきたぞ!

『危い土曜日』の衝撃
私の最も古いキャンディーズ楽曲の記憶は『年下の男の子』。そのため長い間、これがデビュー曲で、すぐドカンとスターダムにのし上がったと勘違いをしていた。大人になって『年下の男の子』はすでに5枚目で、デビューは『あなたに夢中』、しかも最初はスーちゃんがセンターだったと知った。キャンディーズにも試行錯誤があったのだ、と驚いたものだ。
スーちゃんセンター期の3枚目シングル『危い土曜日』を知ったのは40代。あるキャンディーズファンの方から「超名曲」と勧められて聴いたのだが、ゴリッゴリのギラッギラにかっこよく、聴き心地がキャンディどころか那智黒飴レベルのガッツリ重い後味があった。サックスやホーンの音がエキセントリックに三人の歌声に絡みつき、どこかグループサウンズの香りがする。ライブで大人気というのも納得である。

歌、コント、ドラマすべてに挑戦!
キャンディーズの思い出で外せないのが、バラエティ番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!!』(1976年- 1978年、NET→現・テレビ朝日)である。歌ありドラマありコントあり。伊東四朗さんと小松政夫さんというベテランのコメディアンに混ざり、彼女たちはハゲヅラをかぶり、青っぱなが垂れたメイクをして悪ガキのコントを繰り広げていたが、本当に面白かった。
かと思えば、バラエティ番組の一企画とは思えないほどシリアスなスポ根ドラマも展開。夢中になって観た記憶があるが、いかんせん小学生のころの記憶なので、詳細が思い出せない。しかし、紅白の蘭さんを見て心に火がついてしまった。思い出したい。
そこで、覚えている数少ない条件、
・柔道シーンがある
・ランちゃんが「早乙女京」という役名
・スーちゃんが、結構ややこしい設定の役を熱演していた
これらで検索すると、あった……(泣)! 『めざめれば、秋』というバイレンスメロドラマ(すごいジャンル名だ)だったようだ。
このドラマのあとは歌のコーナーで、コツ、コツ、コツ……というヒールの音が鳴り、13枚目のシングル『やさしい悪魔』のパフォーマンスに続いたはずなのだ。シリアスなドラマのあとにすぐミステリアスなこの曲がきて、子どもながら強く惹かれて見入った覚えがある。
ところが、調べていくうちに、『めざめれば、秋』の前に、バレーボールをテーマにした『美しき伝説』というドラマがあったことがわかった。そういえば覚えがある。たしかランちゃんの難病モノで、こちらもシリアスだった。『やさしい悪魔』との素晴らしい流れを作っていたのは、柔道だったのか、バレーボールだったのか——。薄い記憶を辿る作業は、本当に心がウズウズする。それがまた、不思議と心地よくもあるのだが、なんとか思い出したい。

味わい豊かな大ヒット曲
『やさしい悪魔』の作曲は吉田拓郎さん。「良い曲を作った」と自画自賛していたというが、いやもうその通りだと思う。アイドルとしての可愛さもあり、色気も妖しさもあり。「ドゥービドゥービドゥッドゥワー……」のハーモニーは、ビターな味わい。ウイスキーボンボンのようである。
キャンディーズのビター曲はくせになる。私が今でもよく聴くのが『わな』。ミキちゃんがセンターを取り、澄んだ声で「あいつはしくじった」と歌うサビは、ありとあらゆることを妄想させる。意味深(イミシン)曲選手権があれば、必ずランクインする楽曲である。この味わいは危険。口に入れても、中に何が入っているかわからない、ロシアンルーレット的なキャンディ……!

恋する人が持っているかわいさ、いじらしさ、哀しさ、強引さ、欲深さ、すべてひっくるめて、ピタリと息が合った振付と圧倒的なハーモニーで魅せていたキャンディーズ。紅白での伊藤蘭さんの姿は、その最高のトライアングルを鮮やかに思い出させ、新たな感動もくれた。
時代に愛されたアイドルは、多くの人の胸のなかで、ずっと一番星の輝きを放っている。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka