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《電波利権のカラクリ》既得権益化された放送業界 公共財であるはずの電波を「格安」で「使い放題」できるテレビ局、ないがしろにされるのは“国民の知る権利”

日本では国が放送免許の許認可や電波の割当を管理している(写真/PIXTA)
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フジテレビによる一連の騒動で、皮肉にもテレビを巡る「電波利権」の不都合な真実にスポットが当たる機会が増えてきた。日本では国が放送免許の許認可や電波の割当を管理している。これは世界的に見てかなり特殊だという。また、お互いに批判・監視できるように、新聞社とテレビ局が独立すべきだというのが多く先進国の考えだが、日本では新聞社がテレビ局やラジオ局の資本に参加する「クロスオーナーシップ」が一般的になっている。こういった状況の結果、電波利権がメディアにおけるタブーとなってきたのだ。そんな電波利権の問題点を掘り下げる。【前後編の後編。前編から読む

半世紀以上の長期間にわたって新規参入企業がいない“特異な業界”

放送業界が既得権益化されているため、新規参入がままならないことも問題だ。放送制度に詳しい立教大学社会学部長・メディア社会学科教授の砂川浩慶さんが話す。

「そもそも世界中で使える電波は有限で、国連が各国それぞれに使える周波数を割り当てています。日本ではその範囲内で総務省がテレビ局に電波を割り当て、現在では民放のテレビ局が127社ある。そこに新規参入するのはハードルが高く、かつていまのMXテレビが使う電波割り当てが計画された際は、民放連の会長を務めていたテレビ東京の社長が、割り当てを阻止する動きを見せたこともありました」

過去には限られた電波を求めて、ソフトバンクの孫正義氏と“世界のメディア王”と呼ばれたルパート・マードック氏がテレビ朝日、楽天の三木谷浩史氏がTBS、ライブドアの堀江貴文氏がフジテレビの買収をめざしたが、いずれも厚い壁に阻まれて挫折した。元テレビ局プロデューサーで、桜美林大学芸術文化学群教授(メディア論)の田淵俊彦さんはこう指摘する。

2005年、ライブドアの堀江貴文社長(当時・写真左)がフジテレビの子会社であるニッポン放送の株を取得。フジテレビ側が反発し、ライブドアは保有株をフジテレビに譲渡。フジテレビの日枝久会長(当時・写真右)と和解会見を行った(時事通信フォト)
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「放送法と電波法による縛りが、既得権益を持つテレビ局に有利に働いています。いずれのケースもテレビ局と新聞社が新規参入に猛反対し、ライブドアがフジ買収を試みた際はテレビと新聞ががっちりとタッグを組んで、『国民の電波を乗っ取ろうとしている』と大々的に報じて、この買収を強く批判しました。こうした強硬なクロスオーナーシップも過去の新規参入を阻んだ要因です」

元TBS報道局員でジャーナリストの田中良紹さんは、かつて衆参両院の協力などを得て、議会専門チャンネル「国会TV」を開設しようと試みたが、既存メディアから猛反対されたという。

「最初は放送衛星を利用するBS放送で流そうとしたら、同じくBSの空きチャンネルをねらう新聞社からにらまれて、次にケーブルテレビで始めようとしたら、既得権益を守ろうとする地上波テレビと新聞社から大反対されて頓挫しました。結局、通信衛星を利用したCS放送で1998年1月に『国会TV』をスタートしましたが、軌道に乗らず撤退に追い込まれ、地上波やBSへの新規参入のハードルの高さを実感しました」(田中さん・以下同)

CS放送やケーブルテレビなどでは、地上波やBS放送に比べれば新規企業の参入も容易で、チャンネル数も多いが、ここにも“総務省の策略”があったと、田中さんは続ける。

「まずはBS放送の免許を、地上波と同様に既得権益で割り当て、放送をスタートし、視聴者の多くがBS放送に加入してからCS放送やケーブルテレビの放送を始めました。地上波に加え、BS放送もあるなかで、わざわざCSやケーブルテレビを見ようとする人は多くないので、苦戦を強いられた形です」

電波利権にメスを入れようとした民主党政権を黙殺した「大メディア」

ここまで見てきたように、電波利権は政府や総務省だけでなく、テレビ局や新聞社にもうまみがある。これが、彼らが世に知られたくない「不都合な真実」だ。

2009年に政権交代を果たした民主党はこうした利権にメスを入れるため、政権公約に「日本版FCCの設立」を掲げて、放送免許の許認可権を総務省から独立した行政委員会に移すことをめざした。

しかし既得権益を死守したいテレビ局や新聞社がそれを黙殺し、自民党だけでなく民主党議員の反対もあって実現しなかった。ただし、現状の放送行政にもメリットがあることは事実だ。

2016〜2020年にかけて総務省職員が番組制作を行う東北新社から接待を受けていた問題では、菅義偉首相(当時)の息子が関与していたとして大きなニュースになった(時事通信フォト)
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「何といっても、テレビ局が電波三法に則って限られた電波を継続的かつ安定的に利用することにより、視聴者は地上波放送を無料で視聴できます。

地方局は地域に長年密着した良質なドキュメンタリーを制作できるし、災害報道に関する経験も豊富です。視聴者にとっても利点があるからこそ電波利権は大きな問題にならず脈々と続いてきたのです」(田淵さん)

詳しくは後述するが、電波を割り当てられた日本のテレビ局が支払う電波使用料は非常に安い。これもまた、利権の恩恵だ。他方、諸外国には、電波の周波数帯の利用権を競争入札にかける「電波オークション」制度があり、放送権を獲得したい企業が電波を買い取り視聴者が使用料を負担する。日本も導入すれば公平性が担保されて国庫収入も激増するとの意見がある。

もちろん、電波オークションにもデメリットはある。田淵さんは否定的だ。

電波利権にもメリットとデメリットが両立する(写真/PIXTA)
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「電波オークションを取り入れると、落札した事業者は投資を回収するためビジネスライクになり、無料放送をやめて有料の放送スタイルに変化するかもしれません。多くの視聴者が有料化を望むとは思えません」(田淵さん・以下同)

電波利権にもメリットとデメリットが両立する。だがフジテレビ問題で最も重要なのは、「電波は国民みんなの財産」と再確認することではないだろうか。

「みんなは何気なくテレビを見ているかもしれないけど、電波は国民一人ひとりの財産だよ」

田淵さんは大学の授業で学生にそう伝えるという。

「多くの学生は電波が公共財であるとの意識がなく、ポカンと聞いています。まずは電波がみんなの財産であると再認識することが大事ではないでしょうか」

砂川さんが続ける。

「電波は国民の共有財産であり、それをテレビ局が独占的に利用するから、電波利権という言葉が生まれます。一企業が国民の共有財産を専有する以上は、それを公正に活用する公共性が求められるのに、国に忖度したり天下りを受け入れたりするから批判されるわけです。

テレビ局が果たす役割として特に大事なのは、国民に正確な情報を提供することです。今回のフジは中居正広さんの問題が発端とはいえ、1回目の記者会見で報道陣や映像をシャットアウトした挙げ句、2回目の会見をやらざるを得ない結果になり、10時間以上にわたって自社の電波を使って放送を続けました。

視聴者は、こんなテレビ局が出す情報が信頼できるのかという思いが募って反発したのでしょう。さらに、こんなテレビ局にわざわざお金を払って広告を出すと視聴者が反発する、と思ったスポンサーが一斉に逃げ出しました」

問題を抱えるのはフジテレビだけでない。例えば、昨年11月の兵庫県知事選挙において、齋藤元彦知事が当選した是非はともかくとして、選挙にいたる経緯や選挙中の出来事についてテレビ局が正確に伝えたとは受け取れず、「報道しない自由」を行使したという視聴者の不満は根強い。