
「卵巣がんの疑い」で10月初めに手術を受けた、ライター歴40年を超えるベテラン、オバ記者こと野原広子(65歳)。12日間の入院生活を終えて退院したが、入院中頭から離れなかったのは「がん保険」のことだという。初めての入院生活で感じたことについてオバ記者が綴る。
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医療スタッフには一生頭があがらない
「“病人”になって初めて知った、大学病院の広さと待ち時間とイライラ」と前回書いたら、私が患者を待たせる大学病院と医師をディスっているととった人がけっこういたみたい。まず、これだけは全力で否定しておかないと。
入院中、私は「お医者さんや看護師さんはふつうの人が務まる仕事じゃない。人の役に立ちたいと思っている徳の高い人しかできないねぇ」と何度も思ったし、退院して1か月たつ今もあるシーンを思い出すと一秒で泣ける体験をした。いずれにしても12日間の入院生活で出会った医療スタッフには一生、頭があがらないわ。

そして患者初心者だった私が入院中、何を感じたか、その体験を書いたら、これから“病人”になるかも知れない人の役に立つんじゃないかなと思ったわけよ。おっとぉ、人の役に立ちたいなんてらしからぬことを考えること自体、ずいぶんヤキが回っているのかもね。
「卵巣に12cmの腫瘍」で検査に次ぐ検査、そして入院
最初から話すと、この夏、見逃せないほどお腹が膨らんだ私は、思い余って区の婦人科検診を受けることにした。そしたらエコーの画像に12cmに腫れている卵巣が映り、婦人科の専門病院で検査を受けたら「卵巣がんの可能性は30%」と言う。だけどハッキリしたことはわからないからって、別の病院でMRI検査をしたら卵巣がんの可能性が「5分5分」にあがったのよ。そのあげく「大学病院で精密検査を」と言う。これはただごとじゃないなと身構えるでしょ。

その大学病院ではほぼ1か月、週に3日から4日、検査に次ぐ検査で、「おそらくステージ1の卵巣がんですが開腹手術をしたら3、ということもあり得ます」という診断をもらって入院。今にして思えば、なんだけどこの間、私はずっとテンパっているというか、ふつうの心境じゃないんだよね。
たとえば「これを読んでおいてください」と卵巣がんの基礎知識が書かれた資料を渡され、字面を目で追ってもまったく頭に入ってこない。「卵巣がんのステージと5年生存率の推移」という表を、わがこととして見ると頭の芯がジーンとしびれて先に進まないんだわ。
担当のE女性医師に告知義務があるのは、理屈ではわかるのよ。でもステージ1と3とでは、私の明日がまるで違うような気がする。どう違うのか。どんな気持ちで治療をすればいいのか。そこで思考が止まるんだよね。
「加入していたふたつのがん保険」が心の支えに
そうなった私の頭から離れなくなったのが保険金のことなの。私の母方の祖母は40歳になる前に子宮がんで亡くなっている。それもあって私は40代後半からがん保険にふたつ加入していたのね。その2社に電話をして、「がんと診断されたらいくらでしたっけ?」と問い合わせた。担当者に「約款を読め。契約書を見ろ」と言われたらどうしようかと思ったけれど、そんなことはなくて、契約番号を知らせたら懇切丁寧に教えてくれた。その結果、2社の保険金を合わせたら私が今まで一度も目にしたことがない大金ではないの。
私はこれを心の支えにしようとしたのよ。お金で体が元通りになるとは限らないけれど、お金がなくて高額の治療をあきらめた人の話を聞いたことがある。私の加入していたがん保険なら当面、生活の心配がないくらいの金額が入ってくるし、最先端の治療もカバーしてくれる。

よかった! と、その夜はぐっすり眠ったわよ。ところが翌朝、目が覚めるとまた違う考えが浮かぶんだわ。自分がこれまでかけてきた保険金を受け取るだけだと思おうとしても、そこが根っからの貧乏人の悲しさでね。大金を受け取ると何か悪いことが起きるんじゃないかと、妙な怯えが出てくるんだわ。
そのくせ、全身のがん細胞のありかがわかるというPET検査の結果、「この光り方はやはり卵巣がんでしょうね」とE女性医師から言われたら、「境界悪性腫瘍ってことはないでしょうね? 保険会社に問い合わせたら境界悪性腫瘍だと保険の対象にならないんですよ」なんて強気なことを言ってにじり寄ったりして。まったく、がん治療の最前線に立っている人になんて恥ずかしいことを言ったのか、人間の品性を疑うと言われても仕方がないわ。
「がん保険」のことが頭から消えた
とはいえ入院しても私の頭から保険金が消えることはなくて、そんなときは談話室のすみに座って、ぼーっと遠くをみて時間を過ごしていたっけ。お腹の奥深いところにある卵巣の正体は、開腹手術をしてみないとわからない。いや、手術をしても緊急の細胞検査なので、正確なところは数週間後の精密な細胞検査を終えないとわからない。ずっと「卵巣がんの疑い」のままなんだよね。その間、私はずっと大金を手にすることばかり考えていたか?

実はそれも手術をするまでだったの。手術の後、体中に管を通されて麻酔から目覚め、痛みに身もだえしながら、日一日と回復している間、不思議なことに一秒たりとも「保険金」の3文字が浮かばなかったんだわ。そんなことはどうでもいいから、この体の不快感をどうにかしてって、そればっか。
おすすめの入院グッズは折り畳みの桶
それほどシャバッ気が抜けていたということよね。明日は退院という日になって4人部屋の自室の写真を撮ったら、たえず看護師さんにお世話されていた日々が急に愛しくなって、「このまま、あと2、3日入院していたいな~」なんて思わぬことを口走ったし。

なのに、最後の朝食を終え、朝9時半という退院の時間が見えたら、まあ、体が勝手に動く動く。あっという間に荷物をまとめてごらんの通りよ。

そうそう。もしこれから入院することがあったら、丸い折り畳みの桶を持っていくといいよ。これは海外旅行でバスタブにない安宿に泊まるときに欠かせないものなの。たいがいの病院もシャワーしかないから体が温まらない。そこで桶にお湯を溜めて足湯をつくるわけ。
同室に人にすすめたら、「ほかの人にも使うといいって言っていいですか?」って、大評判でした。
えっ? 「卵巣がんの疑い」の疑いは、がん保険は、どうなったかって? それは最終的な診断が出る次回にお伝えします。
◆ライター・オバ記者(野原広子)

1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。昨年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。
【321】「卵巣がん疑い」で手術した65歳オバ記者、検査漬けの日々で感じた病院にある”イライラの種”