「加入していたふたつのがん保険」が心の支えに
そうなった私の頭から離れなくなったのが保険金のことなの。私の母方の祖母は40歳になる前に子宮がんで亡くなっている。それもあって私は40代後半からがん保険にふたつ加入していたのね。その2社に電話をして、「がんと診断されたらいくらでしたっけ?」と問い合わせた。担当者に「約款を読め。契約書を見ろ」と言われたらどうしようかと思ったけれど、そんなことはなくて、契約番号を知らせたら懇切丁寧に教えてくれた。その結果、2社の保険金を合わせたら私が今まで一度も目にしたことがない大金ではないの。
私はこれを心の支えにしようとしたのよ。お金で体が元通りになるとは限らないけれど、お金がなくて高額の治療をあきらめた人の話を聞いたことがある。私の加入していたがん保険なら当面、生活の心配がないくらいの金額が入ってくるし、最先端の治療もカバーしてくれる。
よかった! と、その夜はぐっすり眠ったわよ。ところが翌朝、目が覚めるとまた違う考えが浮かぶんだわ。自分がこれまでかけてきた保険金を受け取るだけだと思おうとしても、そこが根っからの貧乏人の悲しさでね。大金を受け取ると何か悪いことが起きるんじゃないかと、妙な怯えが出てくるんだわ。
そのくせ、全身のがん細胞のありかがわかるというPET検査の結果、「この光り方はやはり卵巣がんでしょうね」とE女性医師から言われたら、「境界悪性腫瘍ってことはないでしょうね? 保険会社に問い合わせたら境界悪性腫瘍だと保険の対象にならないんですよ」なんて強気なことを言ってにじり寄ったりして。まったく、がん治療の最前線に立っている人になんて恥ずかしいことを言ったのか、人間の品性を疑うと言われても仕方がないわ。
「がん保険」のことが頭から消えた
とはいえ入院しても私の頭から保険金が消えることはなくて、そんなときは談話室のすみに座って、ぼーっと遠くをみて時間を過ごしていたっけ。お腹の奥深いところにある卵巣の正体は、開腹手術をしてみないとわからない。いや、手術をしても緊急の細胞検査なので、正確なところは数週間後の精密な細胞検査を終えないとわからない。ずっと「卵巣がんの疑い」のままなんだよね。その間、私はずっと大金を手にすることばかり考えていたか?
実はそれも手術をするまでだったの。手術の後、体中に管を通されて麻酔から目覚め、痛みに身もだえしながら、日一日と回復している間、不思議なことに一秒たりとも「保険金」の3文字が浮かばなかったんだわ。そんなことはどうでもいいから、この体の不快感をどうにかしてって、そればっか。