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「魂の歌と音」で、止まっていた心が走り出す──デビュー35年のエレファントカシマシ「背中を押してくれた」名曲・名盤紹介

『さよならパーティー』が収録された2008年発売のアルバム『STARTING OVER』(左)
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ボーカル・宮本浩次の強烈な個性が印象的なロックバンド「エレファントカシマシ」が今年、デビュー35周年を迎えました。同バンドに人一倍の思い入れがあるというライター・田中稲さんが、彼らの楽曲との「運命の出会い・再会」を綴ります。

* * *
私はどれだけこのバンドに立ち上がる勇気をもらったことだろうか——。エレファントカシマシが35周年である。どん底まで落ち込んだ時、もしくは新たなステップを踏む直前、彼らの歌が恐ろしいくらいタイミング良く、どこかから流れてくる。もはや運命! そんな気がするほど、心のアンテナが敏感にエレカシに反応するのである。

そしてすべての歌から、歌詞になくとも「大丈夫だぜ、負けるなよ」というメッセージが自動的に聞こえてくるのだ。

ボーカルの宮本浩次(写真は2017年、Ph/SHOGAKUKAN)
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出会いは『星の降るような夜に』──なんとバンカラかわいい歌なのか

エレファントカシマシとの出会いは、20代の頃、職場で流れていたラジオ。自分でいうのもなんだが、当時は恐ろしいほど何もできなかった。先輩に指摘を受けながら、こんなはずじゃない、こりゃヤバいと思う毎日。そんなとき、えらく勢いのいい「♪ほっし(星)の降るよなよーる(夜)に!」という怒鳴り声にも似た歌声が流れてきたのである。ラジオの音量が急に上がったかと勘違いするくらいパンチが効いていた。

かなり荒々しい歌い方なのに、とても素朴でやさしい。小さい子どもが遊びすぎてとっぷり日が暮れてしまった帰り道、ガキ大将が仲間に、怖くないぞ、大丈夫だぜ、と励ましながら大声で歌っているイメージを想像してしまった。

なんとバンカラかわいい歌なのか。なんとも不思議な、泣きたくなるような感動が湧いたのを覚えている。

とはいえ、当時はすぐに調べる気持ちの余裕もなく、インターネットもない時代。それがエレファントカシマシの曲だと知ったのは、かなりあとである。1996年、シングル『悲しみの果て』がリリースされ、私は「この声はあのときの!」と後追いでシングル、アルバムをたどった。そして無事、1994年のアルバム『東京の空』で、この曲『星の降るような夜に』と再会できたのであった。嬉しかった!

アルバム『東京の空』(1994年)で『星の降るような夜に』と“再会”した
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ちなみに、このアルバムで出会ったもう一曲、『もしも願いが叶うなら』という名曲がある。イヤホン推奨。目を閉じると、列車の中。車窓から流れる街の灯がとてもきれいで、時々汽笛が聞こえたりもする。元来気が小さく気分転換が下手で、部屋で悶々とすることが多い私だが、この歌を聴くと、遠くへ、遠くへと心を運んでくれる気がする。

背中を押してくれた楽曲を書き出したらキリがない。30代、人生初の入院をしてぼんやりしているとき27thシングル『普通の日々』(2002年)がリリースされ、救われた。さらに、新たな仕事のチャンスがありながら、グジグジしているときにはアルバム『STARTING OVER』(2008年)が発売され、収録曲『さよならパーティー』に、古い価値観から抜け出す勇気をもらった。そのほかにも『恋人よ』『easy go』——。大切な音楽をくれた恩人、「恩楽」の域である。

中学のクラスメイトを中心に結成された(写真は2017年、Ph/SHOGAKUKAN)
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原点回帰の『DEAD OR ALIVE』に大感動

そんな彼らに解散危機があったかどうかはわからないのだが、聴き手としては、超アグレッシブかつエキセントリックな22thシングル『ガストロンジャー』(2000年)あたり、かなり不安になった。楽曲としては最高にスパークしているのだが、アルバム『good morning』(同)のライナーノーツを読むと、どうも宮本浩次さんがコンピューターによるサウンドづくりに目覚めてしまったようなのである。

コンピューターは確かにすごいし便利だ。作詞作曲も宮本さんがほぼ書いている。バンドを入れずとも、一人ですべて作れるようになる。しかし、しかし! そこに落ち着いてほしくない——。そんな私の心配など彼に届くわけがなく、2年後に出た2002年のアルバム『ライフ』も、ほぼミヤジのソロ的な仕上がり(プロデューサーはミスチルなどを手掛ける小林武史さん!)。しかもこれがすこぶるいいアルバムで、私にとってはリリースが入院後と重なったこともあり、このアルバムに本当に生きる気力をもらったくらいである。だからこそ、宮本さんがソロになる? という不安がぬぐえなかった。

しかし私の心配がようやく届いたのかどうかは別として、『ライフ』から7か月後、石森敏行さん(ギター)、高緑成治さん(ベース)、冨永義之さん(ドラムス)の音がゴリゴリに入った原点回帰の一枚・ミニアルバム『DEAD OR ALIVE』がリリースされたのだった!

NHK紅白で『今宵の月のように』を披露(写真は2017年、Ph/SHOGAKUKAN)
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ある雑誌で、このアルバムについて宮本浩次さんが「4年ぶりにメンバーにリハーサルをしようといったら、全員が、集合時間より1時間早く来てくれて感動した」といった内容をインタビューで語っており、驚愕したものだ。みなさん気が長い……! 誰か一人でも「ケッ今さらなんだい」とブッチをかましていたら、エレカシはどうなっていただろう。いやもう待ち合わせに来てくれてありがとう! ありがとう!

言うまでもないが、この『DEAD OR ALIVE』は名盤中の名盤である。一曲目の『DEAD OR ALIVE』のMVは、淀んだ空気を掻き切るようなサウンドと、オレンジに染まる空が絶妙に絡まり、目にも耳にも最高だ。YouTubeの公式チャンネルで見ることができるのでぜひ!

どれだけ頭を振ろうがブレないミヤジの音程

エレファントカシマシは、これまでの全シングルのうち、オリコン週間ランキングベストテンに入ったのが10thシングル『今宵の月のように』と、47thシングル『愛すべき今日』、そして2023年3月に発売された『yes. I. do』の3曲。けれど、ランキングとは違うゾーンで彼らの歌は日常のそばにあり、今も世代を超え、多くの人に愛されている。

宮本浩次さんは、50半ばになった今でも、頭も手脚もどっか吹っ飛んでいくんじゃないかとヒヤヒヤするほど大暴れしながら歌う。ただ、それに気を取られ、歌が入ってこないなんてことはまったくない。どれだけ動き回ってもブレない音程、崩れない言葉、そして動じないメンバーがいる。そこに、曲の景色が、プロジェクトマッピングみたいに乗ってしっかり見えてくるのだ。

降りしきる桜や、暮れゆく空、そして月の輝きも、丸ごと生きるエネルギーに変えてくれる変換ツールのようなエレカシの曲。聴くと、止まっていた心が走る。子どもが感動した時、意味もないのに足が前に出ちゃって、うわーっ! と叫びながら全速力で駆け出す感じになる。

その横を並走しながら「ドーンと行け!」と、応援してくれる魂の歌と音は最高に心強い。これからも彼らの音楽といっしょに、うわーっと進むぜ、エビバデ!

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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