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《名曲発表からちょうど47年》『大空と大地の中で』は雪印、『季節の中で』はグリコ…「聴いたら即、心をつかまれる」松山千春の美声はCMと相性抜群だった

1977年発売のファーストアルバム『君のために作った歌』。2曲目に『大空と大地の中で』が収録された
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北海道・足寄町出身のシンガーソングライター・松山千春の1stアルバムが発売されたのは1977年6月25日。『オホーツクの海』『足寄より』など生まれ育った北海道を歌った楽曲が多く収録されるなか、ライターの田中稲氏が注目するのは、松山の代表曲の一つであり“北海道のテーマソング”ともいえる『大空と大地の中で』だ。ファンならずとも思わず口ずさんでしまうこの曲の魅力について、田中氏が綴る。

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突然だが、今日は、ある名曲が世に出た記念日である。

その曲の名は、松山千春さんの『大空と大地の中で』。

聴こえる。 今、このタイトルを読んで思わず「果て〜しない〜……」と口ずさんだ人たちの声が聴こえる! そしてその気持ち、とても分かる。つい歌ってしまう、この歌は。

1977年6月25日に発売された1stアルバム『君のために作った歌』の収録曲だったそうだが、私がこの曲を知ったのは1991年に流れた雪印乳業(当時)のCMだったので、てっきり1990年代のシングルかと思っていた。47年も前の曲なのかと驚いてしまう。

松山千春のファンではなくても、「この歌が大切だ」という人は多いだろう。

この歌が必要な時、今の自分に用意されたかのように、心の奥から自然に聴こえてくる、本当に、静かで穏やかな「特別感」を持つ歌である。

若き日の松山千春(Ph/SHOGAKUKAN)
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テレビに出なくてもCMでガンガン流れた名曲たち

正直なところ、子どもの頃の松山千春さんの印象は「出演拒否の人」であった。ベストテンッ子だったので、頑なに番組に出ない彼が不思議で仕方がなかったのである。

1970年代後半から80年代前半、テレビに出演しないニューミュージック系の人は多くいた。ただ、彼の場合、1978年のヒット曲『季節の中で』が(TBS『ザ・ベストテン』の)連続1位をキープしながら出演しなかったので、余計に印象が強烈なのだろう。

第1位は番組の最後。見る側とて、やはりトップに立った喜びを交えつつ、華やかにパフォーマンスをする歌手の姿で締めたい。が、松山千春さんは出ない! 延々と久米宏さんが謝るのを見つつ、7週目にやっと出たと思ったら、すごくトークが長かった。まだまだ細かい事情がわからぬチビッ子だったので、しばらくは、松山さんに対して面倒な御仁という印象がついてしまった。

しかしそれでも、彼の歌は嫌いになれない、むしろ好きだった。理由は、昔からえげつないほど歌と声がいい、に尽きる。当時彼の歌は歌番組ではほぼ聴けなかったが、CMでよく流れており、数秒でも身を乗り出すほどキャッチ—で爽やかだった。

5枚目シングル『季節の中で』は1978年発売
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ちなみに『季節の中で』は、グリコアーモンドチョコのCMソング。「めーぐる〜♪」という空まで届くかと思うような声が流れ、三浦友和さんがカリッといい音を立ててアーモンドチョコを食べるというもの。友和の笑顔と千春の美声! このコラボレーションは子どもの目と耳にも容赦ない破壊力があり、「ベストテン出てくれない問題」があろうとも、名曲と認めざるを得なかった。コカ・コーラのCMソング『Sing a Song』もよかったなあ!

『大空と大地の中で』が使用された雪印・北海道ギフトのCMはさらに完璧。北海道の牧場と、純朴なムードが牧場にピッタリな緒方直人さんと彼女(夫婦の設定?)が馬を愛でる映像、そこに「♪果て〜し〜ない〜」という千春のあの歌い出しが重なるのだ。「北海道を正しく宣伝したらこうなった」と思えるような、隙のない布陣だった。

近年では典礼会館のCMで、お葬式のあとの食事会、亡き人の思い出話をするシチュエーションで流れる「ど・こ・ま・でもー……続くみヒィち(道)〜♪」というあの歌も印象的。ちなみにタイトルは『小さな幸せ』だ。

即、心をつかまれる声の威力は衰えず、一度聴くと頭から離れない。CMと相性が抜群だ。

人の心には必ず松山千春が一人住んでいる

50代以上のカラオケでは、松山千春ソングは欠かせない。愛することに疲れた女の歌、旅立ちに迷う青年の歌、故郷へのリスペクトの歌などなど、彼の歌は、誰の心にも覚えがあるシーンが描かれている。人の心には、必ず松山千春が一人住んでいて、マイクを持つと、己の経験と絡み合い、息せききったように歌ってしまうのである。

だから一人が歌えば、「じゃあ俺も千春」「私も千春」と続き、結果、松山千春祭りになることも多い。人気曲『銀の雨』『時のいたずら』『恋』は争奪戦だ。私も一人カラオケでは必ず彼の曲を1曲入れ、彼のマイクを口角に置いて歌うクセを真似し、悦に入っている。

松山千春のシングルレコード。(写真左上より時計回りに)『旅立ち』『時のいたずら』『青春』『窓』『季節の中で』『夜明け』
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『大空と大地の中で』は、CMで聴いていた時は、青い空、風になびく草がどこまでも続く美しい風景ばかりを想像していた。ところが実際にフルで聴き、さらに自分で歌ってみると、北国の厳しさもしっかりと描かれていることに気づく。

この歌は、松山千春さんが、酪農を営んでいたが、その経営が難しくなっていた友人に向けて作った歌なのだという。

そして、いつの時代もいろんな場所で、北国の大空と大地=社会に置き換えて、多くの人に届いている。

私も毎回、「踏ん張ろう。強い北風が吹こうとも、毎年、その大地に野の花は咲くのだから!」というこの歌に自分を重ね、力をもらうのだ。

なんと、小芝風花さんの「風花」という名前は、この曲が由来なのだとか。彼女の母親が「世間の冷たい風に吹かれても、小さくていいからしっかりと根を張って生きてほしい」と思いを込めて命名したそうだ。

小芝風花さんの御母堂と心で握手をしてしまった。ナイス、ネーミング……。

今も歌い継がれる松山千春の名曲たち。(写真左上より時計回りに)『人生(たび)の空から』『ふるさと』『夜よ泣かないで』『長い夜』『男と女』『夢の旅人』『Sing a Song』
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「これからの人生が素晴らしいことをお祈りします」

2017年8月には、松山千春さんが搭乗していた全日空機の出発が2時間近く遅れ、乗客の不安や不満を少しでも解消すべく、自ら申し出て『大空と大地の中で』を機内で歌った、という出来事があった。

その行動も粋だが、歌唱したあと付け加えた挨拶が、また素敵であった。

「皆さんのご旅行が、また、これからの人生が、素晴らしいことをお祈りします」

これは、松山千春さんが歌で伝えたいこと、そのものなのかもしれない。

松山千春さんは、2024年4月に84thシングル『友よ』を発売。現在68歳、やさしく包容力のあるハイトーンボイスはそのままだ。

「やさしく包容力のあるハイトーンボイス」はそのまま(Ph/SHOGAKUKAN)
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現在は「松山千春コンサート・ツアー2024『友よ』」のクライマックス。6月26日、27日の公演はカナモトホール(札幌市民ホール)、彼のホームである北海道で開催される。

「俺は喉で歌わず魂で歌うからタバコはやめません」など、鼻息の荒い発言でも有名だが、もうそのまま、ずっとずっと歌い続けてほしいと思うのである。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。新刊『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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