
映画俳優、ミュージシャン、画家、実業家とマルチな才能を発揮して、長年、芸能界の第一線で活躍してきた加山雄三(85歳)が、今年でコンサート活動を引退します。1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さんが、加山の出身地でもある湘南・茅ヶ崎を歌った名曲とともに、その実績を振り返ります。
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感動を呼んだ”ラストサライ”
8月28日、『24時間テレビ45』(日本テレビ系)で流れた『サライ』。加山雄三さんがこれを歌うのは今年が最後ということで私も観た。
1992年に誕生してから30年で迎えたラストサライ。サビの盛り上がりで、人差し指を指揮棒のように揺らしながら、朗々と歌う若大将! 肩を組みながら一緒に歌っていた谷村新司さんは、涙で歌声をつまらせていた。
なんというか、熱いものがブワーッと胸に広がった。本当に、歌い続けるとはすごいことだ。
加山雄三さんと言えば『サライ』はもちろんだけれど、その経歴を見ると、どれを取り上げたらいいのか迷うほどトピックの宝庫である。湘南ソングのパイオニアであり、日本ではじめて多重録音を手がけた歌手であり、日本でサーフィンをした第1号であり──。えっ、さささサーフィン第1号!? ビックリして調べてみると、それは1960年代はじめのことだった。
加山さん、気が向いて木製サーフボードを自作→茅ヶ崎で波乗りに成功→周囲に自慢→新聞社の耳に入る→「ハワイ式波乗り日本第1号」に認定され新聞に掲載→それを見て真似する若者激増……という流れだったようだ。
日本でサーフィンが流行したきっかけが、彼の自慢という衝撃の事実! 無理と思わずなんでもやり、それを人に言うことでカルチャーは栄えるものなのだ、と感動した。さすが若大将!


湘南を盛り上げる運命を背負って
加山さんが自作したのはサーフボードだけではない。まだまだ作詞作曲と歌い手が分業だった1960年代から「弾厚作」のペンネームで作曲し、大ヒットさせている。
彼とかかわりのある茅ヶ崎出身のアーティストが湘南サウンドを続々生み出していくのもエモーショナル。学校の後輩がザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん。加山雄三さんが経営に携わっていた「パシフィックホテル茅ヶ崎」でバイトをしていたのが桑田佳祐さん。サザンオールスターズの名曲『HOTEL PACIFIC』の舞台は、「パシフィックホテル茅ヶ崎」だ。
きっと多くの人にとって「湘南」は名曲地区。私の頭の中ではもう「恋やらセンチメンタルやら夏の記憶やらが、波とサーフボードと音楽に乗って、ざっぷんざっぷん押し寄せる魔境」くらいに膨れ上がっている。
その風景を見るだけで、エレキギターのチキチキチキチキ! と、ピアノのポロンポロン……という音が混じって浮かぶ。ピアノのイメージはきっと原由子さん由来なのだが、エレキは間違いなく加山雄三さんの影響だろう。『蒼い星くず』『夜空の星』。たとえ歌詞に「湘南」と出ていない楽曲でも、サブリミナル効果バリにぶわーっと見えてくるから不思議だ。
「湘南エモいプレイリスト」を作るとしたら選曲に3日くらいかかりそうだ。私は江ノ電が大好きなので、あの電車と民家がこすれるんじゃなかろうかと思う緊張感から、バーーッと正面に海が見える解放感に合わせて、曲を選びたい。
加山雄三さんのインストゥメンタル『ブラック・サンド・ビーチ』、サザンオールスターズの『勝手にシンドバッド』、ザ・ワイルドワンズの『想い出の渚』、せっかくだから石川秀美さんの『ゆ・れ・て湘南』、荻野目洋子さんの『湘南ハートブレイク』も入れたいなあ。桑田佳祐さんの『波乗りジョニー』……いや、今は夏の終わりだから『夏をあきらめて』にするか。ああもう、両方入れちゃえ!
皆さんの湘南プレイリスト、はずせない一曲は何でしょう。
余談だが、シーサイドスポットと音楽が絶好の相性なのは湘南に限ったことではない。湘南の次に人気が「九十九里浜」。ほどよい海水浴ハッピー歌謡フレイバーを漂わせ、Mi-Ke『想い出の九十九里浜』、ももいろクローバー(当時)の『ココ☆ナツ』など名曲が多い。
私は関西在住なので大阪の海ソングも気になる。検索したところ、真っ先に出てきたのは上田正樹さんの『悲しい色やね』。なるほど、こちらも名曲やね……。
できれば兵庫の愛すべき海水浴場、須磨ソングも欲しい。一応調べてみると、そのままズバリ『須磨海岸』という平松愛理さんの楽曲を発見。故郷の風景の温かさと夢を追う切なさを感じる、素敵なバラードだった。出会えてよかった……!

受け継がれる湘南ソング
さて、加山雄三さんのシーサイドソングは、彼をリスペクトする多くのアーティストに歌い継がれている。2021年には湘南乃風が『湘南乃「海 その愛」』を発表。加山さんが歌う『海 その愛』のオリジナル音源を使用し、世代と時代を超えたリスペクト溢れる楽曲に仕上がっている。
彼の音楽を、湘南の海が若い世代につなげている。なんと粋な音楽のリンク!
9月9日には、東京国際フォーラム ホールAで最後のホール公演となる「加山雄三ラストショー 〜永遠の若大将〜」が開催(全国47都道府県の映画館でライブビューイングも開催予定)。12月の船上ライブでコンサート活動引退となる。
そう、引退するのはあくまで「コンサート活動」。24時間テレビではこうも言っていた。
「永遠に(曲を)作っていく。まだまだ出していない新曲、いっぱいあるのよ」
加山雄三さんの若大将魂は多分ずっと、サーフボードをウキウキ自作したテンションそのままだ。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka