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《突然寝たきりに》元おニャン子新田恵利が語る亡き母の壮絶介護「“がんばる”と言わなくなり“命の限界”を感じた」【独占インタビュー『母を語る』後編】

母・ひで子さんを自宅介護することになり、新田自らDIYをして環境に整えた
写真4枚

逃げ場のない母の悲しみを知り…

理想的な母子関係、順調な介護――のように見えるが、けんかもしたという。

「私たち夫婦と母は、32才のときからいまの家で同居していたのですが、ささいなことで言い争いになると、母が『出ていく!』と言って、家出をするんです。私の家なので、『出ていけ』とは言えなかったんでしょうね(笑い)。家出といっても、行き先は母の親友の家と決まっていて、ひと晩もすれば帰ってくるんですけど――」

しかし、車いす生活になったひで子さんには、もう家出ができない。

「だからけんかをしないようにしようと思っていても、私も人間ですから、イライラして母につらく当たってしまうこともありました。たとえば、少しでも食べてほしいからと時間をかけて食事の支度をしているのに、『今日は食べたくない』と言われると、どうしても腹が立って、きつい言葉も出てしまう。

でも、介護が始まってから母は、私がきついことを言っても言い返さなくなりました。代わりに肩を震わせながら大粒の涙を流す……。そんな母の姿を目にしたとき、“この人はもうここから逃げられないんだから追い詰めてはいけない!”と思うようになりました。

それに、腹が立つのは私の気持ちにゆとりがないせいでもあります。母から同じことを言われても、こちらに余裕があれば、“わかった、今日はそんな気分なのね”と受け止められる。すべては“私の気持ち次第”と気づきました」

頭にきたときは黙って部屋を出て、夫や愛犬に慰めてもらい、なんでも完璧にこなそうとせず、できる範囲でと割り切る。それが在宅介護に必要な気の持ちようだと悟ったという。

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