【グレープ「春の葡萄祭 2025」】ギターとハーモニーの重なりが心に沁みる…さだまさし&吉田政美が半世紀の熟成で得た「あの頃よりしっくりくる」嬉しさに、会場はふわりと包まれた

最初の結成から50年以上を数えるさだまさしと吉田政美のフォーク・デュオ「グレープ」。今年のコンサートツアーは4月に大阪、名古屋、東京の全国3か所(5月に東京で追加公演)で開催される。その初回となる大阪での公演を聴いたライターの田中稲氏が、笑いと感動に包まれた会場の様子をレポートする。
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昔、思い描いた未来より、少しでもいい感じの今があるなら、それはなんて素敵なのだろう。
そんな風に思った、4月9日、大阪フェスティバルホール。開催されしは、さだまさしさんと吉田政美さんのユニット、グレープの「春の葡萄祭り2025」だ。二人合わせて145歳(4月10日がさだまさしさん73歳の誕生日!)。面白く味わい豊か、なつかしくも新鮮な実りがそこにあった。
よく考えれば、私はグレープをリアルタイムでほとんど知らない。それもそのはず、二人の出会いは1969年、デビューが1973年、解散が1976年。チビッ子のときに活動が一度終わっている!
しかし『精霊流し』『無縁坂』は知っている。さらに最近、人にすすめられてグレープの『朝刊』を聴いたら、これが、温かくて、初めてなのに何度も聴いたような親しみがあって、 彼らの歌が、心のポストにポン、と入った感覚になったのだった。
そうして訪れたフェスティバルホールは、満席。その場で公式サイトを見ると、4月13日の名古屋公演、4月20日の東京公演、5月3日の追加公演までも完売御礼となっていた。
グレープの摩訶不思議な味わいを求め続ける人は、想像以上に多い……!
いざ、その実り、ライブで食さん——!
5月3日の追加公演が迫っているため、ネタバレ厳禁、セットリストを漏らさぬ方向で書き進めよう。テンションが上がってヒントが漏れたらお許しいただきたい。
ちなみに1曲目は、もうすぐ来る、緑が濡れる季節が思い浮かぶ曲であった。

違うからこそ噛み合う凸凹コンビ
舞台の照明がグレープの紫に染まる。大阪らしく、タイガースの法被を着て登場した二人。ときどき仕草がシンクロするのが面白い。こういうところに、半世紀越えの交流が出るのだろう。
1曲目が歌い終わって、すぐにしゃべらないと倒れるくらいの勢いでお話するさださん。それはソロコンと同じ流れなのだが、今回は、吉田政美さんという、穏やかな低音イケボを持つ素晴らしい相方がいる。コテコテの漫才文化にまみれた大阪人をも爆笑させるノリとツッコミぶりを見せてくれた。
吉田さんの相槌を求め「でね、それでね」「まちゃみはどうなの」と話し続けるさださんは、いつも以上にやんちゃ感が高まっている。大好きな友だちが横にいると、人はそうなるのかもしれない。
それにしても、二人の凸凹ぶりは本当に興味深い。ライブ前は眠れない、気づけば白々と夜が明けているという吉田さん。対して、7時間眠らないと声が出ず、なんなら13時間寝れる、睡眠は質より量と豪語するさださん。
さださんのこの日の服装は、グリーンと赤のストライプが入ったシャツ。吉田さんは、ブルーとさんご色のカラフルなシャツ。最近覚えたばかりの浅知恵で自信はないが、多分、さださんはイエベ、吉田さんはブルベだ。
話し方も、「段取り」という3文字などワシの辞書にあらへんと言わんばかりにガンガン話すさださん。そこに、のんびりなテンポで「この調子でいって時間大丈夫なの?」と現実を直視させる吉田さん。
しかしこれらの凸と凹がガッツリ噛み合うトークには「高齢者あるある」も多く、客席からも「ああ〜」と共感のどよめきが何度も響いた。ちなみに、「グレープをリアルタイムで認識していた人」と、さださんが客席に問いかけると、ドッと大きな拍手が鳴り響いた。ということは、60歳以上のお客様がたくさんいらっしゃる!
「日本は元気になりましたね」と、さださんも満面の笑み!
3月31日から、レギュラーラジオとしては50年ぶりの『グレープのもう魔酔わない』(TOKAI RADIOなど全国13局ネット)が始まっているそうで、いろいろ楽しく年を重ねるヒントがありそうだ。こりゃ聞かねばなるまい!

必ず何かが起こるフェスティバルホール
そんな二人だが、「フェスティバルホールは何が起こるか分からない」と身構える。大阪ならではの、いろいろなご苦労や面白事件があったようだ。さださんの「まっさん」というあだ名がついたのは、フェスティバルホールだったとか。「マッチ」と呼んでと頼んだのに「まっさん」と呼びかけられてしまい、それが拡散。今に至るという。
そして今回も、しっかりとサプライズが起きた。4月10日がさださんの誕生日ということで、1日前倒しで誕生日ケーキが登場! 吉田さんはハッピーバースデーを歌うのを観客に任せ、静かに年の数だけの薔薇を、さださんに手渡した。
な、なんだか「何も言わずとも通じる」感がエモい……! 薔薇がすごく意味ありげに思える吉田さんのサプライズであった。

グレープが思い出させる“あの頃のわすれもの”
グレープはアルバムを5枚出している。デビューから解散までに『わすれもの』『せせらぎ』『コミュニケーション』の3枚、解散15年目の1991年にレーズンとして再結成しリリースした『あの頃について〜シーズン・オブ・レーズン〜』。そしてデビュー50周年の2023年にグレープ再起動としてリリースした『グレープセンセーション』。
今回、すべてのアルバムから選曲されていたが、確かに、彼らの歌を聴いていると、自分の“あの頃のわすれもの”を思い出して仕方がなかった。果たせなかった約束、逃したチャンス。余裕がなくて、見逃していた風景。当たり前だと思っていた愛しい会話。大切な人との別れ、告白すらできず終わった片思いも。
グレープの歌は「もう出会えない人や、戻ってこない時間に送る、返事を待たない手紙」感がある。そして、不思議とそれが心地いいのだ。やわらかく繊細なギターとハーモニーの重なりがジュワリと心に沁みる。すると、過去の一つ一つが、愛しいもののように思い出される。
グレープを聴く、というのは、「思いのこし」を味わうことなのかもしれない。
「見送ること、忘れないこと。それが、残されたものの仕事だからね」とさださんは言う。
「たくさん恥をかいてきた。恥くらべだな」と吉田さんと笑い合う。
何かを笑って思い出せるようになるのは、なんて温かなのだろう。

「一夜限り」の再結成のはずが……
楽しそうな二人を観ていると、人の縁が続くとは奇跡だなと思う。彼らは1976年に一度解散し、2022年、デュオ結成50周年記念日の11月3日、ライブを開催した。「一夜限りの再結成」のはずだった。
それが今も活動が続き、満席のフェスティバルホールで、鳴りやまないアンコールの声に包まれている。そして、「ぼくは細い声で、吉田は太い声なので、昔はハモリがきたなかった。でも、キレイになってきたよね。あの頃より二人ともうまくなった」と嬉しそうに語っている。
昔、思い描いた未来より、少しでもいい感じの今があるなら、それはなんて素敵なのだろう。そう冒頭で書いたが、さださんは、二人のハーモニーが、時を経て、年を重ねて合うようになった感動を「なつかしい未来」と言った。50年目のソロコンサートツアータイトルに使われたこの言葉は、グレープがきっかけだったのだ。
半世紀の熟成で、二人が得た「あの頃よりしっくりくる」嬉しさは、フェスティバルホールをふわりと包み、ひとつにしていた。
時間が足りない。時間が延びてもいいよ、と、客席からかけ声が飛んでいた。
大満足の収穫だった葡萄祭。
しかも、5月14日には、さだまさしのソロとして45作目、グレープを合わせると50作目となるニューアルバム『生命の樹〜Tree Of Life〜』が発売される。プロデューサーは最強の相棒、吉田政美。グレープ名義の曲も3曲収録されている。
次の葡萄祭がもう楽しみ。グレープのなつかしい未来は、はじまったばかりだ。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka