
日本人の2人に1人がかかり、死因のトップでもあるがん。早期発見、早期治療のためにがん検診を受けることが推奨されている。しかしあなたにとって、そして家族にとってその検診が本当に必要か、一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれない。がん検診に潜むリスクを、専門医たちが明かした。【前後編の前編】
【座談会に参加したがん検診のエキスパート】
Aさん(75才)/医師、医学博士。予防医学の第一人者で、過剰医療の問題にも精通する。
Bさん(48才)/地方都市のクリニック院長。内視鏡検査によるがん発見に取り組む。
Cさん(50才)/内科医。現代の医学が抱える問題について、書籍やネットで情報発信を行う。
Dさん(69才)/医師。大学附属病院勤務などを経て、在宅医療にも従事。
A:私はがん検診全般について、寿命を延ばすという明確な根拠がないため、懐疑的な立場です。患者さんからもがん検診について聞かれた場合、メリットとデメリットの両方の情報をお伝えして、ご自分で判断するようにすすめています。
D:おっしゃる通り、がん検診を受ける前に、デメリットが多い検査であることも理解しておくべきでしょう。まず、胸部X線検査など検診中の検査被ばくによる発がんの問題が見逃せません。というのも、日本では検査被ばくによるがん患者の数が、世界最多なのです。すべてのがん患者の約3.2%にあたり、アメリカやイギリスの約3〜5倍といわれます。また、がんではないのに疑いを指摘される“偽陽性”の問題もあります。お金と時間を浪費し、体力を消耗してストレスにもつながることを念頭に置いてほしい。
A:たしかにがん検診そのもののデメリットに加え、検診を受けた後にやらなくてもいい検査や手術を受ける過剰医療も問題です。かえって寿命を縮めてしまうことすらある。
C:過剰医療については、こんな海外のデータもあります。50才の女性1万人が10年間、乳がん検診を受けたところ、6130人が偽陽性を経験したそうです。そのうち940人が不必要な追加検査を受け、57人が過剰診断を受けたと示されています。一方、検診のおかげで乳がん死を避けられたのはわずか10人で、62人は検診を受けているのに乳がんで亡くなりました。
進行が遅いがん、自然に消えるがん
A:がん検診について考えるうえで、がんにもさまざまな種類があることを知らない人が多いことも問題です。たとえば胃がんの一種である低分化型腺がんのように進行が早いがんがある一方で、大腸がんのように成長の速度が遅いものや、乳がんのように消えてなくなるケースがあるがんも存在します。がん検診は早期発見、早期治療を目的としていますが、“がんは死ぬもの”と安易に結び付け、検診によって患者さんの不安をあおっている側面もあります。
D:実際、放っておいても命にかかわらないがんもあるんですよね。医師はもちろん患者を救いたいと思っているのですが、一方で受診者を増やしたいという矛盾も抱えています。これが、過剰診断に傾いてしまう大きな原因かと思います。私はがん検診を受けませんが、それは手間も時間もかかるから。万が一、要精密検査という結果が返ってきたらまた病院に行く必要があります。
A:偽陽性による過剰検査、過剰治療の心配が大きいのが乳がんです。女性のがんでいえば、罹患数はトップで、早期発見による早期治療のメリットも大きいですが、偽陽性が多いのも現実です。厚労省は40才以上を対象に、2年に1回のマンモグラフィ検査を推奨しています。
なかには「乳腺が発達している20〜30代女性は乳房超音波検査の方がいい」とする医師もいますが、充分なエビデンスはありません。そればかりか、感度がよすぎるために、良性の腫瘍までがんと判断され、生検や精密検査など何度も病院に通い、場合によっては入院を伴うこともある。精神的な負担も大きいです。

B:私のクリニックでは、乳がんのマンモグラフィ検査は特に推奨していません。肝臓がん、胆嚢がん、すい臓がんはエコー検査で発見される場合もありますが、術者の技術に左右されやすい検査であるためです。CTやMRI検査の方がより有用だと思います。
A:乳がんは遺伝的な因子がない限り、若年での検査はデメリットの方が大きいとさえいえますね。
D:子宮体がんや卵巣がんについても、子宮頸がん検査より精度が低く、偽陽性の確率が高いと懸念されています。ほかには大腸がん、胃がんも偽陽性が多いがんです。検査によって早期発見ができた、死亡率が下がったなどのデータも乏しい。にもかかわらず、陽性と出てしまえば、再検査や精密検査が必要となり、やはり身体的にも精神的にもダメージは少なくありません。
A:先進国の5大死亡原因はがん、心臓病、脳卒中、肺炎などの呼吸器疾患、老衰とされています。ところが、あるアメリカの統計学者が医療ミスや薬の副作用などを考慮して統計処理をしたら、3位に入ったのが過剰医療による死亡だったのです。薬の副作用のほか、やる必要がなかった手術が体に与えた悪影響、病院に何度も通って感染症にかかったなど、医療を受けたせいでかえって病気が悪化したと分析されています。がん検診は過剰医療を招く最たるものだと思います。