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細田守最新作『竜とそばかすの姫』 演技未経験の中村佳穂が見せる“声の力”

7月16日より公開中の細田守監督(53才)による最新作『竜とそばかすの姫』。映画『時をかける少女』や『サマーウォーズ』などが世界的にヒットした細田監督の新作とあって、累計観客動員数169万人、興行収入は24億円を突破し、ランキングでも2週連続の1位を獲得。大きな反響を巻き起こしているようです。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
写真8枚

本作の見どころについて、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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世界の細田守監督が贈る、老若男女に愛される“夏休み映画”

本作は、第91回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされた『未来のミライ』など、数々の名作アニメーションを世に送り出してきた細田監督による最新作。インターネットの世界を主な舞台に、一人の臆病な女子高生の成長譚が描かれる本作は、公開後早々に大ヒットを記録し、大人から子どもまで幅広い層が楽しめる“夏休み映画”として話題を呼んでいます。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
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ネット上の仮想世界が舞台

そんな本作のあらすじはこうです。高知の田舎で暮らす17歳の女子高校生・すず(中村佳穂)。彼女は幼い頃に母を事故で亡くし、父と2人で暮らしています。母と一緒に歌うことが好きだった彼女は、その死をきっかけに歌うことができなくなり、いまは曲を作ることだけが生きる糧。どうにも臆病な性格で自分を表現できず、父ともあまり上手くいっていません。

そんなある日、すずは全世界50億人以上ものユーザーが集うネット上の仮想世界「U(ユー)」に参加します。そこでは「As(アズ)」と呼ばれる自分の分身(アバター)を作り、現実とはまったく別の人生を生きることができる世界でした。すずは「ベル」と名付けたAsとしてなら素直に歌うことができ、その歌声はUの中で大きな話題に。たちまち彼女は“世界の歌姫”となっていくのです。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
写真8枚

ヒロイン・すず/ベルの声を演じているのは、ミュージシャンとして高い評価を得る中村佳穂(29才)。彼女が演技に挑むのはこれが初めてです。しかしながら、ズバ抜けた表現力と透き通った歌声で、いち女子高生であるすずとUのスターとしてのベルを見事に演じ上げています。詳しくは後述しますが、歌唱シーンは圧巻の一言。

ロックバンド「King Gnu」の常田大希(29歳)率いる「millennium parade」がメインテーマを手掛けていることもあり、このコラボレーションも大きな話題となっています。

演技初挑戦の中村佳穂が“声の力”で大作へと導く

世界中にファンを持つ細田監督。彼の作品世界を作り上げるには、魅力的な声優陣の存在が欠かせません。前作『未来のミライ』では、上白石萌歌(21歳)、黒木華(31歳)、星野源(40歳)、麻生久美子(43歳)、役所広司(65歳)といった豪華俳優陣が配されていましたが、今作ももちろん、主演声優の中村を筆頭に、強力な布陣で座組が組まれています。

すずの父親を演じるのは、『バケモノの子』、『未来のミライ』に続き細田作品3度目の参加となる役所。渋い声色で、年頃の娘との微妙な距離感を繊細に演じています。登場シーンは決して多くなく、感情を表す人物というわけでもありませんが、それでも彼の娘に対する心の機微がじんわり伝わってきます。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
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役所広司、成田凌、ikuraらユニークな顔ぶれ

また、すずの友人たちを演じているのは、映画やドラマに引く手数多の成田凌(27歳)、声優初挑戦ながらもすずの親友役を好演しているYOASOBIの“ikura”こと幾田りら(20歳)、役所と同じく細田作品常連の染谷将太(28歳)、俳優として次々に新しい顔を見せる玉城ティナ(23歳)たち。そして、本作のタイトルにもある“竜”と呼ばれる存在を佐藤健(32歳)が演じています。

大ベテランの役所から人気若手俳優、YOASOBIの幾田まで実にユニークな顔ぶれ。この先頭に立ち、作品を率いているのが、中村佳穂なのです。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
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細田作品の主演声優を演技未経験者が務めるということに、不安を感じた人は少なくないでしょう。しかし彼女は、演技こそ初めてではあるものの、“声で表現するプロ”であることには違いありません。筆者は、中村のライブへ足を運んだことがあるのですが、彼女の声の表現は“歌の巧さ”などという枠組みには収まらないものだと感じました。

ライブ会場で中村が口にする歌はいつしか強固な“言葉”となり、彼女がMCで話す言葉はやがて生彩を放つ“歌”へと変わっていくのを肌で感じたものです。それが本作でも、上映時間の2時間ずっと活きている。もちろん、歌唱シーンともなれば格別です。「歌」がカギとなる本作で、中村の歌声を堪能できるのは大きな楽しみ方の一つだと思います。

テーマは「現実」と「虚構」の二面性

ここまで、座組の魅力にばかり言及してきましたが、本作は強いテーマ性を持ったエンターテインメント作品です。現実世界で上手く自分を表現できない内気な少女が、ネット上の仮想空間とはいえ、華々しくスターダムを駆け上がっていく姿は夢があり心が躍ります。SNS全盛期のいま、実際にこうした光景を目にすることも多くなっているのではないでしょうか。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
写真8枚

現代の人々のつながりを肯定的に描く

しかし、その匿名性の高さに危険が潜んでいるのもまた事実。顔が見えないのをいいことに、とにかく目立つことを最優先としてしまい、思いがけず誰かを傷つけている場面も見かけます。誹謗中傷による問題や社会で起きた事象に対して、素顔を知らない者同士が対立し合っているのも日常茶飯事です。

スターとなるすずも、同じ目に遭うことになります。しかし、彼女がベルとして歌い、少しずつ前に進んでいく姿を目の当たりにするうち、自然と彼女の勇気を応援したい気持ちが沸いてきます。たとえ現実とは別の顔で、知らない者同士の集まりだとしても、彼女の真っ直ぐな姿勢や歌声が、交差する人々の心理を徐々に一つにしていくのです。

『竜とそばかすの姫』
『竜とそばかすの姫』(C)2021 スタジオ地図
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本作は、現実と虚構(仮想世界)が混じり合うことの良点と問題点を照らしながら、それでもやはり、現代の人々のつながりを肯定的に描いています。これは多くの人が、すずの変化を目の当たりにすれば分かるのではないかと思います。

また本作は、自然豊かな風景と夏の空気を感じさせる美しい空や雲など、季節感の描写も見どころのひとつ。細田ワールドを、中村佳穂の歌声を映画館で堪能し、今年の夏を迎えてみてはいかがでしょうか。

◆文筆家・折田侑駿さん

折田優駿さん
文筆家・折田優駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。折田さんTwitter

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