『アメリカン・フィーリング』でレコ大編曲賞受賞
驚いたといえば、男女4人組のコーラスグループ・サーカスの『アメリカン・フィーリング』もそう。サビの盛り上がりからのグアーッと広がる音の重なりから、飛行機が離陸して空が見える雲が見える。4人のコーラスとともにたくさんの音が重なる感じの疾走感がたまらない。クーッ!
1979年のリリース当時から大好きで何度も聴いたものだが、編曲が坂本龍一さんだということを全然知らなかった。30代の時に知り、ビックリした。私はまたも、知らないうちに坂本さんの音マジックにやられていた……! この曲で彼は日本レコード大賞編曲賞を受賞している。
さらに坂本さんは、私の初恋、西城秀樹さんにも関わっていた。彼のシングルのなかでも独特なパライソ感と壮大なスケールを放つ『愛の園(AI NO SONO)』(1980年)。情熱をぶちまける炎の化身のようなヒデキもいいが、この曲は、静の魅力。言葉を音符に置くように、ていねいに、囁くように歌う。それを包むようにかぶさってくる子どものコーラスが、不思議な「秘密の花園」を思わせる。ああ、ヒデキはまるで森の妖精の長——とウットリする。
作詞・作曲がスティーヴィー・ワンダー(※詞は追詞として山川啓介さんが参加)という事ばかりに驚いていたが、またもや編曲が坂本龍一さん。すごい組み合わせによる生命讃歌だった。
遠いと思っていた坂本さんの音はすぐ横にあり、小さい頃から、たくさん私を熱狂させていたのだった。
ピアノで練習した『戦場のメリークリスマス』
ならば、「坂本龍一」という名をはじめからキッパリ確認して買った最初の曲は何だったかと思い出してみると、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』のサントラなのである。
メインテーマ『Merry Christmas, Mr. Lawrence』のメロディに、粒子のようにまとわりつく「シャンシャンシャン」が大好きだった。どうやら私は坂本さんの入れるシャンシャンシャンが大好きなようである。「プロフェット5」という電子楽器(シンセサイザー)を駆使しているそうだが、高度過ぎてよくわからないため、シャンシャンは諦め、素直にピアノの楽譜を買った。
ふっ、この私、ピアノの実力はないが妄想力はある。坂本龍一さんと同じレベルで弾いたるくらいの鼻息の荒さで練習したものだ。
結果は、サビのほんの少しの部分だけ練習し、そこだけグルグル繰り返し弾いて満足するという……。ピアノあるあるである。
そして私は1999年に大ヒットした『energy flow』でもまったく同じことをした。三共製薬(当時)が発売したリゲインEB錠(ビタミン錠剤)のCMでこの曲を聴き、感動して楽譜を買った(エモーショナルなナレーションは大杉漣さん!)。そして、CMの部分を習得した時点で燃え尽き、そこばっかり繰り返し弾き「ふふふリゲイン……」と悦に入ったものである。
『energy flow』は、私が知りうる限りの栄養剤CMのなかで、一番静かで悲しい音楽である。今も、ワーナーミュージックジャパン公式YouTubeチャンネルでMVを見ることができるが、聴くと胸がギューッとする。けれど次第に、心にピンと張りつめた糸みたいなものが、ふっと緩む。ちょっと肩の力が抜ける。悲しいのになんでこんなにほっとするのかな、と不思議に思う……というフローが私のなかで生まれる。答えは永遠に謎だ。
坂本龍一さんの音楽は不思議だ。遠くから流れているように思うのに、横にある。
コバルトの風に乗り、めだかのスイスイ泳ぐ音やすずめの鳴き声に乗り、ときにはスクランブル交差点を渡る人の足音に乗り、「きれいだなあ」と思うのだ。
そして、絡まったなにかが、ほどけていくのである。
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka